【大機小機】って何人が書いているの?

面白いからしばらく全メモして、執筆者一覧つくってみたいなw
でもこの執筆者名ってそもそも同一性あるのかな?
都度変えていたりしてw
 
今週の【大機小機】は以下の5人
猪突
自律
石巻
桃李
・・

東証大証の統合問題を考える
(日経、11年07月23日)
 トップ会談で始まったといわれる東京証券取引所大阪証券取引所の統合交渉が難航しているようだ。報道によれば、統合スキームは3つの案が検討されているという。

 東証による大証の買収には1千億円超の資金が必要なうえ、東証の早期上場の障害になるともいわれる。逆に、大証による東証の買収は東証裏口上場と取られかねない。第3の案は東証による大証の「上限付きTOB(株式公開買い付け)」の後に、上場子会社の大証を存続会社にして東証と「逆さ合併」するもので、複雑さが難点とされる。

 主導権争いは上場会社の大証と上場を目指す東証の株主の利害が絡む。大証の株主の6割超は外国人、東証の100余の株主の大半は中小証券会社。有利な条件を望む株主の説得は合併や上場につきものの難題だが、それで取引所の在り方が左右されるとしたら本末転倒ではないか。

 問題は2つある。まず、利用者が望んでいるのか不確かな再編の必然性である。合理的なコストで質の高い市場を提供するのは取引所の役割だが、ヘッジファンドなど一部の投資家の求めに応じ、高速・大量の注文処理のシステム投資を競うことが市場の繁栄につながるのか疑問だ。新種の不正行為を誘発し、一般投資家が参加しにくくしたのでは元も子もない。世界的な市場間競争の実態は取引所間利益競争になっていないか。

 次に、閉鎖的な会員組織から開かれた株式会社への転換には意味があったにせよ、上場の是非である。上場の利点に資金調達が挙げられるが、非上場でも投資資金を賄えるのは東証が証明している。

 公共財である取引所の社会的使命は、公正な価格形成を通じて国民経済に資することにある。非上場会社の企業統治に改善の余地は大きいが、自主規制機関である取引所に上場会社として株主への責任を加え、審判と競技者の利益相反を克服するのは難しい。公益優先の上場会社を認める社会的な度量があればまだしも、現実はほぼ一律に株主価値最大化を求める声が強く、大証に無理難題を要求した村上ファンドのような株主がいつ現れてもおかしくない。

 現物株中心の東証金融派生商品中心の大証の統合に、公益と市場機能の両面で合理性があれば、東証大証を買収して大証上場廃止にし、東証は社会が成熟するまで非上場にとどまる選択があってよいのではないか。
(渾沌)

渾沌さんは証取合併に疑問をもっているんだね。
合併だいすき、市場化上等、グローバリズム万歳、の日経にあって反主流派なのかな?

「準自己資本」供給の仕組み
(日経、11年07月26日)
 日本の中小企業は金融機関からの融資に頼ってきた。中小企業の融資依存度は海外よりも高い。融資だから返済の義務があるのは当然だ。しかし健全な経営がなされている限り、実質的に銀行から返済が要求されないことも多かった。融資の継続が認められていたからである。不動産担保と経営者の個人保証制度がこの慣行を支えてきた。

 このような融資は基本的に返済の必要がなく、資本金などに準じる「準自己資本」であった。そうした性質の資金であるから、銀行も経営に口出しをすることが許された。

 この慣行は、利益よりも存続を重視する日本の中小企業への資金提供に適したものであった。このような慣行があったからこそ、中小企業や非上場企業にかなりのお金を回すことができたのである。日本の中小企業の層の厚さをつくりだした慣行の1つである。銀行にとっても、安定した融資先を確保するというメリットがあった。

 しかし、国際的な銀行規制が強化され、返済可能性が厳しく見られるようになるとともに、日本の銀行がこうした慣行を維持することは難しくなってきた。中小企業にとっては深刻な問題である。

 亀井静香金融相時代に導入された中小企業金融円滑化法は、この継続融資を法律の力で人為的につくりだそうとするものだった。

 しかし、かつての慣行の下では、どんな企業でも融資の継続が認められたわけではなかった。銀行は企業の資金の動きを細かく監視し、経営の状態を見守り続けてきた。将来に不安のある企業に関しては、資産の処分と部分的な返済が要求された。担保不動産が継続的に値上がりしていた時代にはそれも可能だった。

 円滑化法の対象とならない規模の大きな非上場企業では、自己資本の充実が急がれている。その中には、経営の継続を重視し上場を考えていない企業もあり、上場という形での出口を求めるファンドの出資には向かないケースがある。早急な出口づくりを求めないファンドの組成が必要になる。短期の出口ではなく、長期継続的な高リターンを求めるファンドである。

 力のある非上場企業の中には負債と資本の両方の性格を持つハイブリッド証券を使って自己資本の充実を図りつつ経営の継続性を維持しようとするところが出てきた。金融サービスのイノベーションが望まれる領域である。(猪突)

猪突さんは中小企業にも目配りがきき、日本的経営慣行を評価しているようだね。やっぱり反主流なのかな。

消費者意識と投資家意識
(日経、11年07月27日)

 国民の企業観を示す経済広報センターの「生活者の企業観に関するアンケート調査」が最近公表された。その調査によると、企業の果たす役割や責任について「安心・安全で優れた商品・サービス・技術を適切な価格で提供する」ことが非常に重要だとの回答が上位を占めている。

 その半面「利益を確保し納税する」「株主に利益を還元する」ことが非常に重要だという回答は低位にある。国民の企業観として消費者意識が極めて高く、投資家意識は相対的に希薄だということを示している。

 こうした企業観は世界共通だろうか。欧米の事例を考えてみよう。例えば、ロンドンでもニューヨークでも公共交通機関のトラブルはつきものだが、いつ来るかも分からない電車を文句の一つも言わずにじっと待っている光景は珍しくない。ホテルではお湯が出ないといった事態も発生するが、よくある事との割り切りで苦情に至ることはまれという。お世辞にも消費者意識が高いとはいえないだろう。

 翻って日本。電車がいつ来るか分からない事態などが発生すれば、ことはそう簡単に収まらない。ホテルでお湯が出ない事態など発生しようものなら苦情殺到だろう。安心・安全かつ正確で優れた商品やサービスを提供する国民の期待が高い証左である。このため企業は消費者の理解を得るために相当の時間とコストをかけることになる。

 わが国では20年以上に及ぶ株価の低迷が続いている。株価の長期低迷は年金財政の悪化などを通じ国民生活に相当の影響を与えているが、国民にとって大きな課題として取り上げられることはまれである。国民は公的年金企業年金を通じ株主の立場にあるにもかかわらず、投資家意識が極めて希薄なのである。

 ロンドンやニューヨークではどうか。現地で生活者の声を聞くと、株価動向に非常に敏感で投資家意識が高い。少なくとも英米企業では株価が強く意識され、投資家の期待する利益を上げることの優先度が極めて高いといえる。

 このように、わが国と英米では国民の企業観が大きく異なっている。日本企業は消費者が育て、英米企業は投資家が育てた、と指摘されるほどである。長引くデフレ下にあって多くの国民は雇用拡大と賃金の上昇を期待している。その実現には多くの国民が消費者意識に勝るとも劣らない投資家意識を持つことが重要ではなかろうか。

(自律)

自律さんは投資家意識が薄いと怒っているね。でも投資について話したいのじゃなくて国家の投資家としての国民の政治意識の低さを嘆いているみたいだ。直接には財政悪化に国民の関心の薄いことが気に食わないらしい。はっきりいわないけど国民は増税を容認しろっていいたいのかもしれないね。

カナダ国歌に学ぶ震災復興
(日経、11年07月28日)
 カナダ国歌「O Canada」の中に、「われらが故郷、われらが祖国! なんじの子すべてに流れる真の愛国心」とある。

 英仏2つの国語を持ち、移民のモザイクと呼ばれる国民に「祖国を守ろう」と強く訴えている。カナダは経済依存度が圧倒的に高い米国とうまく距離感を保ち、主要8カ国(G8)や外交で独自の存在感を示している。

 1993年からのクレティエン政権による財政再建(プログラムレビュー)は日本の進むべき道であった。97年ごろにはカナダの公的債務残高の対国内総生産(GDP)比率は日本と同水準だったが、2007年まで一貫して下がり、ここ数年は上昇したものの昨年でもGDPの8割強。一方、日本では橋本龍太郎内閣における財政構造改革法の挫折があり、その後の構造改革にもかかわらず財政赤字は累増、昨年でGDPの約2倍に上る。カナダと雲泥の差である。外交、財政再建のほかにも移民受け入れ、産業誘致や自由貿易への取り組みなど教訓とすべきものが多い。

 カナダには資源大国という優位性がある。しかし日本にも豊富な人材と高い技術を持つ企業社会があり、広大なアジア市場の一角に位置している。カナダにできて日本にできないはずはない。

 東日本大震災からの復興にあたって政府は現場ニーズを軽視し、急がれる災害復旧と時間のかかる復興を混同している。防潮堤や道路、住宅の高台移転やかさ上げなど大土木工事には時間がかかる。暫定でも、被災地の建築制限を解除して漁業・水産加工業などの生業を立ち上げ、被災者が早期に自活できるようにすることが求められている。「援助・給付金で何年も暮らせない」「国の決断が遅い」「もう待てない」という被災地の叫びを受け止めよう。

 4カ月もかかった総額23兆円の復興計画だが、財源確保は容易でない。福島第1原子力発電所の事故を巡る負担もいまだ不透明だ。膨大な赤字財政をさらに窮地に追い込むのは目に見えている。

 ここは、直ちに震災対策財源を明確化し、遅滞なく財政再建に取りかかる国民的合意を取り付けたい。それには、全ての国民が祖国の住民や国土を守り経済財政を支えるのだという意識の高揚と、政治・行政が信頼と公正さを取り戻すことが絶対条件である。これさえ満たせば難局を乗り越えられるはずだ。(石巻

石巻さんはカナダのことに詳しいらしいね。唐突なカナダ国歌の紹介はその後の論調にまったく無意味だけれどツカミにはなっているかもね。カナダはうまく立ち回っているというから何の話かと思ったら、財政再建・移民受入・グローバリズムをやっていて偉いという話だった(笑)愛国心増税受入れろと言いたいらしいね。

国家のモラルハザード
(日経、11年07月29日)
 ユーロ危機でギリシャを支援するため、欧州連合(EU)などによる総額18兆円規模に及ぶ追加支援策が合意された。しかし、民間銀行にも、4兆円以上の保有国債をより長期の債券と交換する形で負担を求める案が盛り込まれたため、格付け会社がこれを部分的デフォルト(債務不履行)とみなすと発表し、なお混乱が続いている。

 デフォルト宣言が出ればユーロへの影響は必至なので、結局民間負担への政府保証など更なる追加支援が検討されるだろう。今回の支援は昨年5月の12兆円規模の支援策に続くものだが、その後も財政再建の効果が表れていない。

 今回支援してもそれでギリシャ財政再建が進む保証はない。それに加え、ポルトガルアイルランド、イタリアなど同様の問題を抱える国への支援も表面化するだろう。

 欧州委員会バローゾ委員長は、支援合意が出来なければその影響は欧州以外の地域にも及ぶとして、強く合意を促した。結局ズルズルと支援策は続き、ユーロ加盟国は膨大な負担を強いられるだろう。これこそまさに「大きすぎてつぶせない(Too big to fail)」の国家版である。

 米国の金融危機でも、大きすぎて銀行以外の金融機関も含めて税金で救済せざるを得なかった。聡明(そうめい)な大銀行経営者が危機の可能性を知らなかったはずはない。高収益と危機のリスクを比較し、危機に陥った場合の結果も計算済みだったのではないか。事実、公的資金での救済の後にはすぐに高額報酬が復活している。

 今度は、米国政府自体が国債発行額の上限問題でデフォルトの危機に見舞われている。政治的対立は続いているが、結局は上限引き上げで国債を増やして対応する他はない。福祉切り捨てとなる財政再建は、どの国でも政治家にとって至難の業である。成果は自分の去った後にしか得られない難題に、命を懸ける政治家はまれである。そもそも不人気な政策を実施すれば、落選して政治家生命を失う。

 日本では対国内総生産(GDP)の負債比率がギリシャより悪い財政下で、米国ほどの真剣な取り組み姿勢も見えない。過去の繁栄で生じた負担は企業だけの問題ではない。かくして世界の金融資産は膨張を続け、世界のGDPの3倍近くに達し金融市場の活況も続く。巨大企業にも国家にも、モラルハザードは世界中にあふれている。

(桃李)

桃李さんは官民の金融関係者にモラルハザードが蔓延していることに憤懣やるかたないようだね。でもどうしたいのかわからないみたいだ。相変わらず「日本の負債比率はギリシャより悪い」っていうテンプレ語っているってことは財務省関係者なのかな?
 
おまけ)
社外の人も書いているんだね。だから時々まっとうな意見が載るんだ。
いくら個人責任でも日本のマスゴミではなかの人は社の方針に沿わないことを書きにくいのかな。

2011年6月20日 (月)
日経『大機小機』「東電問題への対応」の正論
http://uekusak.cocolog-nifty.com/blog/2011/06/post-044d.html
 
 原発推進普天間基地辺野古移設推進、消費税増税推進の論調を鮮明に示す日本経済新聞は、東京電力を救済しようとする菅政権の原子力損害賠償スキームにも異論を唱えない。合理的基準に照らして正論を主張せず、ただひたすら対米隷属政権を礼賛するスタンスだけを示すなら、対米隷属新聞であるとか、親米政権御用新聞などに名称を変えた方が分かりやすい。
 
 そんな日本経済新聞だが、朝刊コラムの「大機小機」は、匿名執筆者持ち回りの記事であるだけに、ときに正論が示されるこがもある。
 
 執筆者は社外勢が多数を占め、官僚OB、大企業、エコノミスト、法曹など幅広い。
 
 6月17日付朝刊「大機小機」は、ペンネーム「誠児」なる人物による記事で、タイトルは「東電問題への対応」だった。
 
 日経本紙の主張とはまったく異なり、正論が整然と示されていた。
 
 その概要は以下の通り。
 

?東電福島第一原発放射能放出事故の被害額は最終的に10兆円規模に達すると見られている。
 
?賠償費用を東電の負債と認識すると、東京電力債務超過になる。
 
?今回の災害が「異常に巨大な天災地変」に該当し、東電が免責されるとの議論もあるが、東電の防災対策の不備は明らかで東電が責任を免れることは考え難い。
 
?一般的に、債務超過だが、事業維持に社会的価値が認められる企業の破たん処理として最も簡明な方法は、会社更生法の適用申請である。
 
?東電に会社更生法が適用されれば、株主、債権者が損失を負担するとともに、経営者も退陣することで、明確に責任が問われることになる。
 
?事故被害者への補償は、会社更生法の下での補償が十分でなければ、国が責任を引き継ぐのが原子力損害賠償法の趣旨に沿った対応である。
 
?国策として原発を推進し、原発の安全点検までしてきた国が東電とともに補償責任を負うのは当然である。
 
?会社更生法の適用が金融市場の動揺を招くとの懸念が指摘されるが、市場はすでにかなり、法的処理の可能性を意識している。
 
?政府が策定した「賠償支援スキーム」の下では、東電株主や債権者が保護される一方で、賠償費用は電力料金に転嫁され、事実上の国民負担として回収される。
 
?国民の負担金額は、株主・債権者が保護されるため、更生法による処理の場合よりも大きくなる。
 
?東電は国の管理下に置かれ、設備投資や研究開発などが厳しく抑制され、首都圏の安定した電力供給を阻害する可能性が高い。
 
?会社更生法を適用すれば、法的整理後に残存する賠償費用は国が負担し、新東電は自由な活動が可能になり、電力の安定供給に資すると考えられる。
  
?政府は、簡明かつ合理的な法的処理を採用しない理由について、明確な説明を示す責任を負っている。

 
ここに記述された、問題処理方法は、筆者が主張してきたものと完全に同一である。厳しいように見えるが、自由主義経済、資本主義経済は、明確なルールの下での自由な経済活動を保証する仕組みであり、問題が発生した場合には、明確なルールに基づいて処理することが基本である。また、問題を発生させた当事者は、問題について責任を負うこととされる。自己責任が極めて重要な原則である。
 
 原子力災害の損害賠償責任については、原子力損害賠償法(以下「原賠法」)が存在しており、日本が法治国家である限り、この法律に則った問題処理が求められる。
(略)

(日経、11年07月30日)