「震災復興にむけての 3 原則」


「震災復興にむけての 3 原則」
伊藤隆敏東京大学)・伊藤元重東京大学)+ 経済学者有志の提言
http://www.tito.e.u-tokyo.ac.jp/201105_ItoReconstruction.pdf
  
 東日本大震災からの復興について、政府の復興構想会議を中心に、多くの議論がなされている。阪神大震災のときと異なり、今回は元の町並みに戻す「復旧」ではなく長期的な視野で新たな街作りを描く「復興」を目指すべきだ、というコンセンサスはあるように見える。ただその具体論になると、様々な意見が錯綜し、方向性は必ずしもはっきりしているわけではない。
 復興を主導すべきなのは地元をよく知っている市町村なのか、それとも市町村の枠にとらわれない広域の復興政策を考えるべきか。個人や法人の権利調整の問題にどう対処するのか。復興のコストは誰がどう負担すべきか――。こうした混沌とした議論をどうまとめていけばよいのか、我々は以下の 3 つの原則を訴えることで、議論の柱を提供したい。
   
第一に、世代間の公平性である。
 
 日本では、少子高齢化の進展により、社会保障制度から各世代がうけるネットの利益が、今後は、後世代ほど減少していくことが明らかになっている。これは人口動態の変化が予想を超えたものだったという制度設計上のミスではある。世代会計上の世代間公平性の是正は重要である。そこで、少なくともこれ以上、世代間の不公平性を助長するような政策は取るべきではない。
 
第二に、市場の活用である。
 
 2000年代に入り、いわゆる「格差」論議が盛んになる中で、価格を通じて資源配分を決めていく「市場メカニズム」に対する不信感が一部に芽生えた。その傾向はリーマンショックに伴う世界経済の混乱で一段と高まったようにも見える。
 しかしながら、効率的な資源配分や努力に応じた分配を達成するのに、市場にまさる社会経済システムは存在しない。限られた資源を有効に活用することで、社会的なパイは拡大し、より豊かな生活が実現できる。この命題を忘れると、日本経済は、震災後に経済損害という二次災害を被ることになる。
 もちろん、我々は「市場が万能である」といいたいわけではない。経済学の教科書は「外部性が存在する経済では、政府の介入が必要になる」と教えている。例えば集積の利益が見込める場合には、都市計画などによって政府が資源配分を誘導することが有効だろう。

1 本提言の短縮版は、2011 年 5 月 23 日、日本経済新聞「経済教室」に掲載された。
2 賛同者(5 月 23 日現在)、浦田秀次郎(早稲田大学)、大竹文雄大阪大学)、斎藤誠一橋大学)、塩路悦朗(一橋大学)、土居丈朗(慶応義塾大学)、樋口美雄慶応義塾大学)、深尾光洋(慶応義塾大学)、八代尚宏国際基督教大学)、吉川洋東京大学

第三が、持続可能性である。
 
 21世紀の世界経済を見通す上では、環境や資源の制約が前提になる。さらに日本経済を考えると、人口の減少や先進国で最悪の財政状況も勘案しなければならない。
 短期的には痛みの少ない政策が、長期的はかえって環境や財政の維持可能性を脅かしかねないこともある。政策の選択に当たって、現世代の利益だけを考えることは許されないという原則は、震災後の復興議論でも大切であろう。
 これらを踏まえ、以下で、コスト負担のあり方、電力不足対策、今後の街づくりの三点について、考えを述べたい。経済学的に正しい政策は、えてして国民から批判を受けやすい。しかしその必要性を認識した上で国民を説得し、明るい豊かな未来を構築するには、強い政治のリーダーシップが必要だ。
 
1.復興コストのツケを将来世代に回すな。
 
 地震津波による住宅、工場、社会インフラなど、さまざまな資産の直接的な被害は、内閣府が 16−25 兆円と推定している。阪神淡路大震災のほぼ倍の額である。被害で失った資産をすべて復旧するとして、政府部門の負担は 10 兆円を下らないと思われる。一方では、復旧のために、今後 3 年にわたり、投資の拡大によりGDP成長率が 1−2%押し上げられると予想される。他方、これに、福島原発の安全回復と周辺への補償のうち東電がどうしても負担しきれない部分を加えると、ざっと 15~20 兆円規模の追加的財政支出を覚悟しないとならない。財政支出の使途、その調達方法を工夫しなければ、日本経済が再び低成長に陥るリスク、復興コストがかかりすぎて財政が破綻するリスクもある。
 資金調達面では、政府長期債務がすでにGDP比約 190%と巨額に上っているので、財源確保を慎重に検討する必要がある。財源確保には、支出の使途変更、支出の圧縮、国有資産売却、国債発行、増税、などが考えられる。ばらまきを止めるなど支出の使途変更や、無駄な支出のカットなど支出の圧縮は、当然だが、金額的には、子ども手当の廃止(約 2兆円)以外は、それほどの金額は期待できない。問題は、「国債発行か、増税か」である。15~20 兆円の追加的支出をすべて国債の追加発行で賄い、将来時間かけて返済していくという選択は、人口が増加していて、経済成長率が高く、政府債務・GDP比率が低いという経済では、正解だ。残念ながら、現在の日本経済は、この 3 条件をすべて満たしていない。「復興国債」を追加発行して、10 年後に返済する、というのでは、退職、年金生活に入る比較的高所得のベビー・ブーム世代の人は負担を逃れ、これから 10 年の間に労働市場に参入する比較的低所得の若年層に負担をシフトする。労働年齢人口(20−64 歳)は、2011年から 2021 年の 10 年間の間に、7500 万人から 6760 万人へと、約 10%、700 万人以上の減少となる。(第 1 図参照)10 年間で、一人当たりの償還コスト(増税)が人口要因だけで1 割増しになる。これほど 10 年後に働いている将来世代にとって、不公平なことはないだろう。「復興国債」のアイディアはツケの先送りで、著しく世代間の公平性を欠く。
 こうしてみてくると、「増税か、国債か」、という選択肢の立て方が間違いだ。正しい選3択肢は、「今生きている世代が負担するのか、将来世代が負担するのか」、ということである。低成長、人口減少のなかで、次世代にツケを回すのは止めよう。
 増税にもいろいろなやり方があるが、震災・津波の被害を国民全体で支援する、というためには、全国の、いろいろな年齢層、いろいろな職業の国民が薄く広い負担(増税)に応じてもらうことが必要だ。国民全員が少しずつ生活水準を引き下げる覚悟がいる。具体的には、消費税率の引き上げ、固定資産税に対する国税としての付加税、所得税課税最低限の引き下げ、所得税の特別定率増税法人税減税の一年先送り、が考えられる。
 消費税は、資本も労働も、生産意欲を減退させにくい税であることから、経済成長に与える影響が軽微である。消費税率を 5%から 10%に引き上げることで、現在の消費税収入を倍増させるとして、毎年約 10 兆円程度の歳入増になる。
 消費税増税は、消費意欲を減退させ、景気後退を招く、という批判がある。しかし、2つの意味で、この批判はあたらない。第一に、復興のための政府投資、民間投資がおこなわれるために、来年度は投資拡大が予想されている。消費が減退しても、投資拡大で、総需要としては相殺されるので景気悪化にはつながらない。第二に、消費税率の引き上げ後には、消費が落ち込むということが知られている。しかし、それは数カ月で回復するはずだ。一方、予定された引き上げ時期の前には耐久財を中心として駆け込み需要が生じるので、本格的な投資拡大に向けて、前倒しで景気を拡大する。労働所得や法人所得への課税は、潜在成長率を引き下げることで、長く影響が残る。
 東北地方で多くの固定資産が失われた。それを国民全体で負担して回復するためには、全国で固定資産を保有している法人・個人から被災者支援のために、固定資産税に対する付加税を徴収することは論理的だ。ただし固定資産税は地方税であるため付加税は国税とすることが必要だ。(一方、国税としては土地に対する地価税があるので、この課税ベースを固定資産税なみに拡大する、と表現してもよい。)全国で、固定資産税、都市計画税の合計は 8 兆円超である。10%の付加税(または拡大された「地価税」)により、約 8000 億円の歳入増となるであろう。15 年にわたるデフレの進行、高齢労働者が若年労働者に置き換わることで所得税課税最低限以下の労働者の比率が増えている。震災や国家安全保障は国民全体で支えるという発想から、より多くの人が少額でもよいので所得税を払うことが重要だ。課税最低限の引き下げを考えたい。一方高額所得者には、より多くの負担をしてもらうため、定率増税をお願いする。このような所得税改革で、現在の所得税収入を 10%増加させるとして、約 1.3 兆円の歳入増を見込める。もしそれでも財源が不足するなら、法人税減税は決定していたが、これを 2 年先に延ばすことで企業の負担も求める。これにより、約 1 兆円の歳入増となる。ただ、日本の法人実効税率は国際的に見て突出して高いことから、グローバル化への対応を考えれば、法人税減税の先送りは他の手段で必要な財源が賄いきれない場合に限るべきである。
 これで、年間約 15.5 兆円の歳入増となる。これを 2 年間行えば、十分に復興財源は確保できる。逆進的、中立的、累進的あらゆる税を組み合わせる。これらをまとめて「復興連帯税」と呼ぶことにしよう。
 もちろん増税は不人気政策だ。しかし、人口減少、低成長の日本に起きた大災害からの復興に必要である、将来世代にツケまわしは出来ない、ということを説得的に語るのが、一国のリーダーというものだろう。
 
2. 電力不足対策は市場メカニズム活用を
 
 東京電力では、福島第一発電所の問題から電力不足が心配されている。中部電力においても浜岡原子力発電所の運転停止により需給はひっ迫しそうだ。東京電力の管内では、夏場には大口契約者については 15%削減を義務付け、家計には、節電を要請することが決まった。
 夏場の電力供給不足というのは、暑い平日の「ピーク時間帯」であり、まずピーク時間帯をずらす努力をすることが重要だ。ピークの使用量を引き下げて、一日を通じて需要をならすことができれば、固定設備を増やすことなく、供給不足を補うことができるかもしれない。勤務時間について完全フレックスタイム制を認め、ピーク時での仕事を回避できるよう、早朝や夜間の勤務、さらには在宅就労などを個人が選択できる余地を拡大していく必要がある。また、企業に対しても、家計に対してもピーク時使用をずらす一番効果的な方法は、昼間の電気料金を大幅に引き上げる、いわゆるピーク・ロード・プライシングの採用である。電気料金値上げ分は、ほかの時間帯の料金を下げることで、東電の収入は中立にすることができる。
 さらに、効果があるのは、長期休暇の制度化である。最低でも 3 週間の長期休暇と事業所閉鎖を企業・官庁・学校に強く要請することなどが考えられる。もちろん、その際には、自宅や休暇先での使用量の増加が予想され、これを抑制する工夫は必要である。
 このようなピーク削減の努力だけでは不十分と考えられるのであれば、需要全体の削減や供給全体の増大に取り組む必要がある。そこで、15%一律削減という政府計画なのであろう。しかし、このような計画経済的手法では、非効率を生みだす。数時間であろうとも一度操業を止めると、生産過程におおきな影響がでる業種もあれば、暑い日に数時間の停電であれば比較的簡単に受け入れることのできる業種もある。一律削減は業種間に電力の使い方の違いがあることを無視している。
 電力の需給アンバランスに対する適切な解決策には、二つの補完的アプローチがある。
第一に、家計間の支払い能力の違いを考慮しつつ、電力料金の大幅引き上げによる需要抑制だ。さらに、電力会社が太陽光や非常用電源など自家発電能力を持つ家計や企業からの電力購入価格を引き上げることによる供給増を促進する方法ともセットになる。第二に、それでも大口利用者に強制的削減をかけるのであれば、その削減幅について、電力利用権(削減回避権)の取引を認めることである。24 時間稼働が重要な大口の利用者のなかには、すでに非常用電源を保有しているところがある。さらに東京ディズニーランドのように、これから自社電源(ガスタービン)を確保しようとするところもある。このような需要者の個別の努力が、調整なく行われると、資金的に余裕のある企業は保守的な見積もりで自家発電を用意しようとして電力供給過剰になる一方、中小企業で 24 時間運転が欠かせない製品を作っているところや冷凍倉庫が必要な会社は苦境に陥る。社会的には非効率的投資が生まれる。その解決には、供給能力に余裕のある企業は、予備電源や新設設備からの余剰を電力の送電ネットワーク(グリッド)に供給、それが多少料金が高くても 24 時間電力を使いたい企業に流れるような誘導が行われればよい。つまり、電力の卸価格の自由な変動を通じて、需給が調整されるメカニズムである。需要が供給を上回る希少資源(この場合、電力)の価格が上昇するのは当然だ。
 電力料金を上昇させるのは、東電を儲けさせるだけ、という批判がある。しかし、電力料金値上げは、価格シグナルを通じて供給を増やし、需要を抑えるために必要なのであり、東電を儲けさせるわけではない。賠償のための基金を作るのであれば、料金値上げによる増収分が東電には入らず賠償基金に直接入る仕組みを作ることも簡単にできる。消費者に負担を転嫁するのか、という批判もある。しかし、ある一定の消費量以下の家計の電力料金は据え置き、多く消費する家計の電力料金を引き上げることで、負担能力の差を考慮に入れることが可能である。
 大口事業者に 15%削減を義務付ける場合に重要なのは、電力の利用権を大口需要者の間で、売買させることである。温暖化ガスの排出権取引で典型的な「キャップ・アンド・トレード」の手法だ。ピーク時に東京電力管内の電力消費を 15%以上削減しても利益への影響が軽微である企業は「電力利用権」を売り、24 時間継続運転が必要な企業はそれを買うことで、供給に上限がある制約のもとで効率的な電力配分が達成される。(第 2−1 図から第 2−4 図までの説明を参照。)まず、電力利用のピークが来そうな曜日や時間まで指定したうえで削減幅を割り当て、そのあとは企業同士の売買に任せることで、平日でも休める企業と、継続運転が必要な企業との間に、自然に取引がおこなわれるようになる。
  
3.将来も「維持可能」な街づくりを
 
 被災地の復興には、少子高齢化とともに地方財政がこれからますます厳しくなることを考えなくてはいけない。とくに、震災・津波の大きな影響を受けた、被災地の中でも高齢化のすすむ地域では、たとえこれまでの街並みを再現したとしても、同様の行政サービスの継続は困難である。都市経済学で知られているような、都市の集積の利益を実現すべく、ある程度の人口の集中が必要だ。
 今後も、何十年かに一回、三陸海岸津波が襲ってくるのはほぼ確実だ。海岸沿いの土地における住宅再建を禁止し、高台移転への財政支援を行う必要がある。漁港へは高台から通勤していただく。この点は大きな合意があると思われるが、過去に何回も津波で被災した住宅地については積極的な公的機関による買い上げが望まれる。(代替案として、港周辺でも津波を素通りさせる「高床式」の高層住宅を提唱する人もいる。)
 移転先の高台または内陸地の確保と、街づくりも早急に行う必要がある。これまでも、過疎化、高齢化という構造的な問題を抱える市町村のなかには、基本的な住民サービス(上下水道の維持、道路補修、除雪)の維持費用が大きな負担になっているところが多かった。このような市町村が今後も増えると思われる。その中での震災・津波は、災い転じて福となす、つまり更地に画を描く良いチャンスである。津波のこない地区に、住民サービス(介護・医療施設、市役所、図書館、学校、劇場などの文化施設、スーパーマーケットなど)を集中的に配置して、その中に住居棟をつくり、車いすでも雨に濡れずに往来できるような段差のない街、「コンパクト・シティー」を作る。さらに、将来のエネルギー価格の高騰傾向も見据えて、コンパクト・シティーは、脱炭素社会のモデルでありたい。日本の環境技術、耐震建築技術、都市計画の英知を結集して、エコ・コンパクト・シティーを実現すべきだ。
 その実現のため、国と地方自治体は、被災地域のうち復旧をあきらめる沿岸地域の土地の買い上げ、移転先候補地の確保、区画整理容積率緩和など土地や建物に関する詳細な規制を適用除外する震災特区も活用する。官民協力による(PFI事業)などによるエコ・コンパクト・シティーのインフラの早期建設の推進が必要だ。この事業推進にあたっては、とくに、土地売買や土地交換についての税制を弾力的に運用する必要がある。昔の家、昔の生活に戻りたい、という気持ちを持つ被災者も多い。しかし、昔の生活の継続は、震災・津波がなかったとしても、長期的には維持不可能であることと、青写真を示しながら、エコ・コンパクト・シティーのほうが楽しく豊かな生活を送ることができるということ、を説得的に説明することが必要だ。復旧ではなく復興だ。20 年後、30 年後にも栄えている地域づくりを、構想すべきときだ。
 
4.まとめ
 
 以上のように、正しい政策のうち世代間の公平性と重視する復興連帯税(パッケージ)の提案、ピーク時の電力料金の値上げなどは、論争が有る点だ。しかし、論理をきちんと整理して、国民の説得にかかるのが、真の政治主導=リーダーシップというものではないか。いまこそ、震災・津波からの被害を最小に抑え、将来の世代を大切にして、資源を効率的に使い、さらに維持可能な街づくりへと大転換していく、強い政治のリーダーシップが必要だ。
(略)