欧州リベラリズムの終焉

欧州は人権を新たな十字軍の旗頭にしようとしたが、まさにその欺瞞ゆえにリベラルは自壊するのだった。
結局人間社会はリベラルのいう設計主義的な理念で成立しているわけではない、という保守の論理が正しかったというわけですね。
まぁ、フランス革命直後から解っている人には解っていた話ですが。

英国の暴動:自己像を見失った国
(英エコノミスト誌 2011年8月13日号)
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/18882
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 国や自分の将来に対して、ほとんど関心を持たない若者の集団が、現在の英国に存在しているのは明らかだ。ほとんどの若者たちを暴動から隔てている壁――善悪の区別、将来の仕事や教育に対する関心、羞恥心といったもの――が、暴徒たちには備わっていないようなのだ。
 英国は、一体なぜこうなったのかを知る努力をする必要がある。
(略)
 ある世論調査によると、回答者の3分の1が、ゴム弾だけでなく、実弾の使用を支持した。外出禁止令や軍隊の配備も議論されたが、ありがたいことに実施されることはなかった。
 
 ありがたいという意味は、そのような対応策をとれば、ほとんどの英国の市民がそうであってほしいと望んでいる開放的でリベラルな英国とは別の国になってしまうからだ。しかし、8月第2週の出来事が発信している1つのメッセージは、現代の英国の現実は、そのような市民の希望に添えないということだ。
 
 格差や分裂は存在するにしても、英国とその首都ロンドンは基本的に秩序と調和がとれているという、多くの人が抱いていた前提は、自己満足に過ぎなかったことが明らかにされたのだ。英国社会の経済的、道徳的亀裂が口を開けた。そしてその亀裂は見た目以上に深い。
 
 暴動は、既に弱体化している英国の経済に打撃を与えた。商店や家屋を傷つけられ、破壊された人々には、甚大な被害をもたらした。そして、英国に対するイメージを世界中で失墜させた。しかし何より大きいのは、この出来事で英国が絶望的に自己認識を見失ってしまったことだ。