日本には大事な標本は置いておけない

研究環境がこんなことになっていたなんて。
金儲けに繋がらない地味な分野はリストラ下で最初に放置されてしまうんだろうなあ。
なんて文化的に貧しい国だろう。。。

貴重な新種含む昆虫標本6万点焼失…長野
http://www.yomiuri.co.jp/science/news/20110529-OYT1T00339.htm

 
 標本を保管していた場所の焼け跡と永井さん(12日、木曽町で) 長野県木曽町福島で先月24日、昆虫研究家でお好み焼き店経営永井信二さん(63)方の木造2階店舗兼住宅など計8棟を焼いた火災で、永井さんが2階書斎で保管していた国内外のカブトムシなどの昆虫標本約6万点が、ほぼ全焼していたことがわかった。
 
 昆虫専門家によると、学術的に貴重な標本も含まれ、永井さんは「被害総額は1億4000万円以上」と見積もっている。
 
 永井さんは日本昆虫分類学会会員で「世界のクワガタムシ大図鑑」などの共著がある。愛媛大環境昆虫学研究室の助手も務めた。
 
 標本は、約40年かけて自分で採取したり購入したりして集め、一部は研究機関から借りていたもの。約6万点のうち約3万5000点はカブトムシで、執筆中の図鑑の資料だった。ほかにクワガタムシやチョウなど多種の標本があった。
 
 永井さんは甲虫類を中心に250種以上の新種や亜種を命名。焼けた中には、自分が命名した「モロンシロカブト」(メキシコ産)や「エンドウゴホンツノカブト」(ベトナム産)など新種特定の基にした「タイプ標本」が8種ほど含まれていた。命名前の新種とみられる国内外のカブトムシの標本も約100種あったという。
 
 図鑑に収録予定だった約800種の約2割は、まだ写真撮影をしていなかった。
 
 日本昆虫学会評議員で、東京農大の岡島秀治農学部長(昆虫学)は「学術的な損失は大きい。貴重な標本は博物館などで保管されるのが望ましいが、日本では専門施設や分類学者が不足し、生物学の基礎が後退している。適切な保管場所が極めて少なく、今回は、やむを得ないケースだった」と指摘する。
 
 昆虫関連の出版、標本販売の「むし社」(東京)によると、珍しい昆虫の標本は愛好家の間では1点で約100万円もの高額で売買されることもあるという。
 
 永井さんは松山市出身。「多種のチョウが生息している」などの理由で木曽町に13年前に転居し、5年前にお好み焼き店を開業した。永井さんは「取り返しがつかず、標本を提供していただいた方々に大変申し訳ない。図鑑は遅れても必ず完成させたい」と話している。
 
 火災現場はJR中央線木曽福島駅に近い商店街。木曽署は失火とみて調べている。
(2011年5月29日12時18分 読売新聞)

http://ep.blog12.fc2.com/blog-entry-1773.html
 
 ・・・これ、保険も入ってなかったんじゃ・・・。いや、保険で取り返しがつくもんじゃないんだろうけど。
 
● 本来なら、立派な博物館で、専門技能を持つ人が、きちんと報酬など待遇を受けた上で、しかるべき方法でしっかり保管された大事な資料を、プロの写真家なども交えて、資料や図鑑の編纂にあたっていく、べきなんですよね?
● でも、日本では専門施設や分類学者が不足し、生物学の基礎が後退していて、適切な保管場所もないんで、今回は、やむを得ないケース。なんですよね?
 
 かわいそうだけれど、学問上、大きな悲劇だけれど、今の日本では、やむを得ない。
 日本では。
 
 日本でなければ、こんなことは起きなかった?
 
 この「日本では専門施設や分類学者が不足し、生物学の基礎が後退している。」に関して、ほかにもな文章が、手元にありますので、ご紹介。
 

■ 日本には大事な標本は置いておけない
『日本の科学者 2009年6月号』 日本科学者会議編 
八田耕吉(元名古屋女子大学,環境生物学) 寄稿
『昆虫標本と蔵書を外国の大学に寄贈 定年前に私の「宝物」の安住の地を探す』
 
●家内から「あなたが死んだ後,この本や標本はゴミとして捨てるだけ」という,きついお言葉をいただいている.
●昆虫学のように自然誌的な分野では,戦前の文献や記録までもが必要になることがしばしばある
●現在,国内の大学の図書館では,学会誌や雑誌,少額の図書(出版物)などは引き取らないだけでなく,野積み,死蔵,廃棄の運命に
私立大学図書館協会では,余剰資料を,海外の大学に寄贈する事業を行なっている.
●今回,私の所蔵している環境アセスメント関係の資料は,韓国に送っていただいた.
●日本の多くの大学では,往々にして専門分野の後継者としてではなく,単なる担当科目の教員として採用が決まる。そのため,従前の研究内容が引き継がれず,資料が持て余されることになりがち
●日本のほとんどの大学や博物館は,標本管理の専門員がいない!
●資料受け入れに積極的な愛知県の豊橋市自然史博物館でさえ,昆虫部門の担当者はたったの一人
●私の昆虫標本については,大型標本箱230箱,本は段ボール箱にして350箱(1/3は哺里市の図書館)を,台湾の台中市にある国立中興大学に寄贈した。 
 台中市にある国立中興大学は,日本統治時代(戦前)の農業学校を継承しており,昆虫学系には,教授4名,副教授7名,助理教授3名の大所帯で,2名の標本管理者もいる.標本収納庫も見せていただいたことがあるが,驚いたことには,私の大学の恩師である石原保先生の1937年の標本を始め,加藤陸奥雄,中條道夫先生など,日本における昆虫学のそうそうたる創始者たちが採集した標本が,きちんと残されていたのである.

 
 ・・・泣けませんか。
 日本の科学のしょぼさに、泣けてきませんか。
 生物学の基礎ほったらかして、1億4000万円の貴重な虫の山焼いて。
 日本って、こんなもんかい。 これが日本かい。
(略)

書籍 『クローズアップ現代 Vol.1 問われる日本の「人」と「制度」』
NHKクローズアップ現代」制作班編
 
● 九州大学農学部水産学教室では、魚類の標本200万点という数に対して、管理しているのは教授を含めたわずか四人。とても手がまわらず、使い物にならなくなってしまった標本も多々。そのうえ、予算は年間たったの20万円。新しい標本作りだけで精一杯で、古い標本を補修する余裕がない。
 
● 大学の標本管理を各研究室に任せているのも問題。ある教授の研究室がある分野の標本を集めていて、その教授が転任になった場合、同じ分野の後任研究者が現れない限り、標本類は無用の長物と化しやすい。
 
●世界中の希少な熱帯植物一万七千点を集めた「金平コレクション」も、九州大学では後任がいないため事実上「死蔵」状態。しかも、収蔵庫は空調設備さえも十分でなく、虫食いやカビなどによる破損の恐れが。
 
●日本の大学のほとんどがそんな状態。植物ペチュニアの世界的権威である安藤敏夫教授は、論文を書き終えるたびに標本を海外の研究機関に送っている。未来に残したい標本を日本に置いておくのは不安。
 
●ご立派な東京大学総合研究博物館でも専門学芸員はゼロ、専属教授は5つの分野のみで残る12分野には不在。日本最大規模の植物標本170万点も、管理・貸出担当は教授一人きり。海外への貸出応対も「三か月待ち」の滞り。
 
●これがアメリカとなると、状況は全く違う。
 ハーバード大学には植物標本が500万点以上もあるが、これを二人の教授と学芸員を含む約二十人の専門スタッフが運営。修士号を持つ標本の専門家が、分類・整理、修理・保存、閲覧・貸し出しまですべてに責任を持つ。
 「標本がどれほど多くても、利用できなければ意味がない。最新の研究にいつでも役立てられるよう、常に標本を整理分類しておくのがわれわれの仕事です」
 実際、ハーバードの植物標本はエイズ新薬候補の発見にも役立った。
 「標本はさまざまな研究に利用できる価値の高いものです。たとえ絶滅寸前の植物があっても、標本さえあればその遺伝子を調べて同じ植物を再生することも可能な時代です。こんな時代だからこそ、標本はまさに〈貴重な資源〉だといえるのです」