グリシジルメタクリレート―トリエチレンジアミン(GMA-TEDA)

日本キラピカ大作戦
放射性物質を吸着・除去できる繊維 原発事故でも有効、「作業員用マスク」への応用も
山田久美
2011年7月4日(月)
http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20110629/221185/
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 「現在、福島第一原発に導入されている循環注水冷却システムの最大の問題点は、高濃度放射性物質を含む沈殿物が大量に発生すること。私が開発した方法を使えば、放射性物質だけを固体で回収できるので、大量の放射性廃棄物を発生させずに済む。大規模な装置も不要だ」

 こう語るのは、環境浄化研究所の須郷高信社長だ。
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 この循環注水冷却システムは、4段階に分かれており、まず、油分離システムで、汚染水から油分を分離する。そして、米キュリオン社が提供するセシウム処理装置で、「ゼオライト」と呼ばれる無数の小さな穴のあいた鉱物を使って、海水中にイオンとなって溶けているセシウム、次いで、ヨウ素を吸着する。

 次に、仏アルバ社が提供する除染装置で、放射性物質の吸着剤を使い、さらに残りの放射性物質を吸着させる。吸着剤と結合した放射性物質は、コロイド粒子となって海水中を漂う。そこに、凝集剤を加えて、コロイド粒子を凝集して沈殿させ、海水と放射性物質を分離するのだ。

 さらに、上澄みとして回収した海水は淡水化装置に送り、真水に変えて原子炉に戻し、原子炉の冷却水として使う。新たに冷却水を外部から注入する必要がなくなるので、汚染水を徐々に減らしていくことができるという算段だ。公式発表によれば、福島第一原子力発電所内には約12万2000トンの汚染水がたまっており、6月30日の時点で約9000トンを処理。今後、1日1200トンの汚染水を処理していく計画で、すべての汚染水を処理するには少なくともあと3カ月かかる見通しだ。

 「1日に1200トンの汚染水を処理する場合、このシステムでは、毎日400トンの放射性廃棄物が発生するのではないかと見ている」と須郷氏は語る。
 
 須郷氏の試算に基づけば、3カ月間で3万6000トン以上の放射性廃棄物が発生する計算になる。しかし、現在、この放射性廃棄物の処理方法について、日本政府や東京電力から明確な方針は示されていない。
 
 環境浄化研究所は、1999年に日本原子力研究所(現・日本原子力研究開発機構)が職員の起業を支援する制度を設けたのを受け、当時、日本原子力研究所の研究員だった須郷氏が設立したベンチャー企業だ。

 須郷氏は長年にわたり、日本原子力研究所で放射線を使った加工技術に関する研究に従事してきた研究者で、以前、このコラムの『ホントに海水からウランが取れた』で紹介した海水ウランの捕集技術も、実は須郷氏が開発したものだ。

 海水ウランの捕集剤では、ポリエチレン繊維に放射線を照射して水素分子を取り除き、代わりに「アミドキシム基」と呼ばれる“手”を付けて、ウランやコバルトなどのレアメタルを吸着させている。それに対し、今回、須郷氏が発表したヨウ素を吸着する繊維では、同じポリエチレン繊維に放射線を照射し、ヨウ素を吸着する「グリシジルメタクリレート―トリエチレンジアミン(GMA-TEDA)」という“手”を付けている。

 このポリエチレン繊維などに放射線を照射して水素分子を取り除き、ほかの物質を付ける技術は、「放射線グラフト重合法」と呼ばれる。

 須郷氏は、ヨウ素を吸着する繊維を開発後、同様の方法で、セシウムを高効率で吸着できる繊維、さらに、ストロンチウムを高効率で吸着できる繊維も開発中だ。
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 そこで、海水中でヨウ素を高効率で吸着する繊維の開発に着手した。海水中のヨウ素は、2種類のヨウ素イオンとして存在する。そのため、いずれのヨウ素イオンも吸着できる“手”として、須郷氏がポリエチレン繊維に付けたのが、グリシジルメタクリレート―トリエチレンジアミン(GMA-TEDA)である。
 
 「一方、空気中の放射性ヨウ素に関しては、数年前に開発したウイルス感染防止マスクが有効と考えた。そこで、すぐに、福島第一原発で作業されている自衛隊の方々に1万枚ほど寄贈した」と須郷氏は語る。
 
 ウイルス感染防止マスクとは、フィルター素材に放射線を照射し、「ポビドンヨード」と呼ばれる化合物を結合させたものだ。ポビドンヨードは、食品・医薬品メーカー、明治が販売する「イソジンうがい薬」に含まれているヨウ素剤で、ウイルスや細菌などに対する殺菌作用が高い。しかし、液体で使用するのが基本で、乾燥させると効果が低下してしまうため、固体にするのは難しいとされてきた。
 
 それに対し、須郷氏は、1999年、放射線グラフト重合法を使うことで、ポビドンヨードを、殺菌効果を低下させることなくフィルター素材に化学結合させることに成功した。そして、ウイルスの活性がフィルターを通過するだけで、10万分の1に低減されることを実証した。
 
 同フィルターは、現在、「イソジンウイルス立入禁止マスク」として市販されている。ちなみに、このマスクを通過するとウイルスの活性が10万分の1に低減されるのは、ポビドンヨードによってウイルスが人体に無害なものに変わるからだ。

 実は、このウイルス感染防止マスクには、ポビドンヨードが、2%程度しか付けられていない。100%付けるとマスクが紫色になってしまい、商品にならないからだ。とはいえ、これだけでも効果は十分あるという。

 つまり、98%の“手”が余っていることになる。ここに気体中の放射性ヨウ素を吸着できる。ウイルス感染防止マスクは、「放射性ヨウ素吸着マスク」としても有効だというわけだ。
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