【経済教室 】TPPへの日本の参加が強く望まれる by ケント・カルダー

経済教室
震災後の日米関係 エネルギー対話の強化を
ケント・カルダー ジョンズ・ホプキンス大学ライシャワー東アジア研究所長
中印の需要増に備え 知財保護などで戦略連携
(2011年06月29日、日経)

<ポイント>
○経済面での日米協力の明確な構想が必要に
原発整備へ事業者の賠償責任に上限設けよ
○技術開発の協力や知的交流の活性化も課題
  
 日本、米国、中国を中心とする環太平洋地域は、3月11日の東日本大震災を境に大きく変わった。日米両国は悲劇のさなか、ともに経済に問題を抱えながらも、2年以上にわたって失われかけていた相互の信頼関係をある程度まで立て直すことができた。一方、中国は成長を維持し、地域の政治的・経済的バランスにおいてより大きな地位を占め、積極的な役割を果たすようになっている。
 
 日米両国は相互の信頼を取り戻したとはいえ、それはまだ政策面に明確には反映されていない。中国の着実な台頭、今なお復興のめどが立たない日本の甚大な被害を考えれば、日米両国は他国を刺激しないよう配慮しつつも、相互の信頼を包括的な政策に結実させることが急務といえる。
 
 このほど開かれた日米安全保障協議委員会(SCC)では、日米同盟の意義が再確認された。日本経済が復活に向かおうとする今、経済面で両国がどのように協力できるのか、より明確な構想が求められている。両国の安全保障同盟関係を支える強固な基盤となるのは、何よりも経済の力強い相互依存関係であろう。中国の台頭に伴い、日米いずれの経済にとっても、日米関係の相対的な重みは変化してきている。日米ともに、今や対中貿易が対米、対日貿易を上回っている。
 
 中国の台頭にもかかわらず、日米間には安全保障以外にも恒久的な相互協力が望ましい分野がある。これらの分野では、日米いずれもそう簡単には中国と同様の関係を築くことはできまい。中国とすぐには共有できない日米固有の相互補完性こそ、震災後の両国がよって立つべきものだろう。優先的に取り組むべき分野としてはエネルギー、テクノロジー、貿易、知的交流が挙げられる。
 
 今回の震災の影響や、グラフに示した世界の長期的な趨勢を踏まえると、特に重要と考えられるのはエネルギー問題だ。日米はともに原油・石油製品をはじめとするエネルギーの主要輸入国であり、供給が次第に限られていく中で、中国、インドを筆頭とする急成長する主要新興国と争奪戦を繰り広げている。
 
 1980年には、日米のエネルギー消費量は合計で21億石油換算トンで、中印合計の3倍近くに達していた。だが国際エネルギー機関(IEA)によると、2035年には中印2カ国だけでエネルギー消費量は51億石油換算トンを上回り、日米合計の2倍近くに達する見通しだ。日米両国は、エネルギー効率化や相互補完的な技術革新力を生かして協力し、一段と競争が激しくなるエネルギーの未来に備えなければならない。
 
 世界のエネルギー市場で進む歴史的な変化への対応や、今回のような緊急事態への対処、そして両国の同盟関係における経済基盤の強化を実現するには、日米両国は組織的かつ長期的なエネルギー政策対話を進める必要がある。これまでも散発的に実施されてきたが、実務者レベルでのより活発な協議が望ましい。
 
 米国は中国および韓国とエネルギーに関する2国間対話を進めており、震災後の今、日本ともぜひ同様の対話の場を設けることが望ましい。そこでは技術的な問題だけでなく、エネルギーを巡る安全保障や外交の問題も取り上げるべきだ。本国からの出席者だけでなく、駐在大使館スタッフの参加も検討するとよい。再生可能エネルギーの開発とエネルギー効率化の推進は米国が日本から教わることの多い分野だが、これらが日米エネルギー対話の最初の中心テーマとなるべきだろう。
 
 現在の困難な状況は承知しているが、環境や資源安全保障の観点からは、原子力発電は日米いずれにとっても将来のエネルギー政策で欠かせない選択肢だと考えられる。今後電気自動車が存在感を増すなど、輸送部門で電力需要が拡大することも、新たに考慮すべき要因だ。
 
 日本では既存原発の老朽化が進み、発電能力増強が急務となっている。日本の原子力発電体制が整備されたのは1970年代の石油危機時であり、財政的に健全な民間電力会社と政府系金融機関長期信用銀行が関与してきた。しかし制度改革に加え今回の震災で、こうした官民の機関は様変わりしている。
 
 原子力発電の安全性向上に向けて、民間部門のイノベーション(技術革新)を活用した技術開発を進めることが極めて重要である。また、新エネルギー開発の資金手当てについて、現実的な解決策を考えることも大切だ。
 
 経済産業省の試算によると、2030年までに日本が必要とするエネルギー関連投資は130兆円を上回る。巨額の投資を実現するためにも、エネルギー事業に対する投資家の信頼を取り戻すことが欠かせない。より安全な原発整備に投資が向かうには、事業者の賠償責任に妥当な上限を設けることが必要だ。米国ではプライス・アンダーソン法がこの役割を果たしている。そうした法整備なしに民間のエネルギー産業が存続できるとは思えない。
 
 テクノロジーはエネルギーと深く結び付いており、将来の日米関係にとって優先度の高い分野である。両国は相互の知的財産権保護を尊重しており、市場志向型の活気ある2国間協力が実現している。一方、対中関係では十分に実現できていない。
  
 最近の協力事例としては、家庭や工場向けスマートメーター(次世代電力計)の開発で、富士電機と米ゼネラル・エレクトリック(GE)が合弁会社を設立したことが挙げられる。情報関連分野での協力も東北の復興を後押しできるだろう。例えば米IBMは、リアルタイムで一元的に情報を収集・分析することにより、危機対応や資源管理に優れた都市運営を実現するシステムを開発した。一方、日立製作所はIT(情報技術)を活用した環境配慮型都市の技術に優れている。
 
 エネルギー効率化、情報、原子力発電のほかに、精密機械、変圧器に使うアモルファス金属、光電子工学なども戦略的意義が大きく、2国間協力の深化を期待できる重要な分野である。またバイオテクノロジーも、両国の技術力がうまくかみあう分野といえよう。両国の共同開発は、農漁業に強い基盤を持つ東北の復興に貢献できるに違いない。
 
 新しい高度な技術分野で太平洋をまたいで積極的に開発を進めるには、開かれた貿易の枠組みが欠かせない。米議会で米韓自由貿易協定(FTA)の批准手続きが進む現在、環太平洋経済連携協定(TPP)の多国間協議への日本の参加が強く望まれる。
 
 日本では、農産品の間接的な貿易障壁を減らすなど、一定の前進がみられる。間接的な価格支持政策から直接的な農家への戸別所得補償にシフトしたことも、農業貿易の自由化を促す動きといえよう。日本の農家の効率化や高付加価値化に向けた支援と一体となって、柔軟な制度に移行することが望ましい。
 
 そして最後に、知的交流の活性化も、危機後の日米関係における重要課題として取り組むべきである。この10年間で、米国に留学する日本の若者の数は大幅に減少した。2000年以降、大学の留学生は半分以下に、大学院生についても4分の3以下に減っている。この憂慮すべき事態を変えることが、どちらの国にとっても急務といえよう。
 
 滞在先で働きながら勉強できる「ワーキングホリデー」制度に類似する協定を日本と結び、日本人学生が勉学や休暇を楽しみながらパートタイム就労ができるようにすることも一案だろう。日本の教育機関や非営利組織(NPO)が米国に進出することも望ましい。日本の5大学が共同でワシントンにシンクタンク日米研究インスティテュート」を設立したほか、国際交流基金が活発に活動するなど、心強い兆しもある。
 
 日米の安全保障同盟は、現在の形になってから半世紀がたち、変化の速い世界で驚くべき継続性を誇っている。だがグローバル化が進む中で、両国の経済関係はさらなる強化が必要だ。エネルギー、テクノロジー、貿易、知的交流は優先分野であり、そして今まさに行動の時である。
 
 Kent E.Calder 48年生まれ。ハーバード大政治学博士。元駐日米大使特別補佐官
 
 原文(英文)は電子版(Web刊→特集→復興への道)に。