日本の国債が暴落する可能性は低い

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日本の国債が暴落する可能性は低い
銀行・保険のALM導入が長期金利を安定させた
高田 創、柴崎 健
http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20101124/217252/?P=1

1998年と2003年に長期金利が1%割れ、そして急上昇

 現在、10年国債は1%程度の低金利が続いている。過去、10年国債利回りが1%を下回った時期は1998年と2003年の2回にすぎない。このため、多くの国債投資家は将来の金利上昇に対する不安感を強く持っている。1998年と2003年の二つの時期は、一時的に10年国債利回りが1%割れの水準まで低下したものの、その後の反動で急激な金利上昇を経験した。低金利の環境で購入した国債は、金利上昇によって大きな含み損を抱えることになった。いまだに、この経験が投資家のトラウマとなっている。

 それらの局面を振り返ると、どちらのケースもきわめて強い日米の金利連動が存在した。米国の金利反転が主導した日本の金利上昇だった。長期金利が反転した背景には米国の政策金利の転換が存在した。

 1998年においては、大手ヘッジファンドの破綻によって金融市場が混乱したため、FRB(米連邦準備制度)による金融緩和が続いていた。後にITバブルにつながることになるが急速な景気回復を受けて、FRBは再び利上げに転じたのである。いっぽう2003年においては、ITバブルの崩壊やアメリカ同時多発テロ事件(9.11)が景気を後退させるという懸念が弱まったため、金融緩和に対する市場の期待が後退した。FRBも利上げへの転換を模索し、2004年から段階的に利上げを実施した。

長期金利が急上昇した理由

 ここで、米国金利の上昇以外の要因として、次表の点が考えられる。1998年の場合には国債需給に対する不安である。それまでは、旧大蔵省や日本銀行といった公的セクターによる国債購入が国債需給を安定化させていた。しかし、政府は財政を拡大路線へ転換し、国債の発行量を増やした。さらに、公的セクターの国債の購入量を減らそうとする思惑が長期金利を上昇させた。これらをきっかけに、財務省は市場との対話を重視する国債管理政策に転換している。

 財務省は、国の債務管理の在り方に関する懇談会、国債市場特別参加者会合、国債投資家懇談会を新たに立ち上げて、民間からの意見を取り入れるようになった。市場と対話し、投資家の需要を反映させた国債発行計画をつくることで、大量発行による市場インパクトを抑えている。

 2003年に長期金利が上昇したときには、国内金融機関の運用スタンスやリスク管理手法の変化が金利上昇を引き起こした。このとき保有する国債の損失を膨らませないために、投資家が国債を一斉に売却した。この結果、国債相場がさらに下落した。2003年の急激な金利上昇は、このために生じたものである。このようなスパイラルで加速度的に金利が上昇したのである。その背景には、金利リスクを一定の水準に抑えなければならないとして、国内金融機関が金利リスク管理を強化したことが大きい。

■1998年と2003年における金利急上昇の要因
1998年
(1)財政政策の180度の転換と財政規律への不安
(2)国債管理政策への不信
(3)ムーディーズによる国債格下げ
(4)海外の景気回復局面と重なった
(5)1998年半ばの過度な金利低下の反動
(6)当時は主に銀行が10年長期国債を中心に国債保有していた

2003年
(1)日本の金融不安の後退
(2)2003年半ばの過度な金利低下の反動
(3)リスク管理の強化
(4)海外の大幅な金利上昇転換
(5)長期・超長期保有投資家層の不在
(6)国内における景気回復局面と重なった
(7)新興国ブームによる先行き改善期待


国内金融機関の今日の国債投資スタンスは従来と違う

 以上の1998年や2003年の金利上昇要因は、今日の国債市場を取り巻く環境と大きく異なる。まず、現在は、景気循環がピークから後退局面に入る時期に当たる。2009年以降の世界的な景気回復に天井感が生じている。財政政策も、財政緊縮化のバイアスがグローバルにかかっている。11月11〜12日に開かれたG20でも各国の財政健全化の取り組みが議題となった。

 投資家の国債投資スタンスにも大きな違いが生じている。大手銀行を中心に保有する金利リスクの度合い(金利が上昇したときの損失額)は限定されており、2003年のような急激な金利上昇は生じにくい。保険・年金といった長期の負債構造を持つ投資家はALM(Asset Liability Management)運用を重視している。ALMとは、資産と負債を総合的に管理するリスク管理手法である。資産サイドが保有する金利リスクと負債サイドの金利リスクを一致させれば、金利が変動しようと資産利回りと負債利回りの差が確保されて、安定収益が確保できる。保険や年金の場合、支払契約が20年以上の長期にわたるものも多い。このため、負債の金利リスクに対応した超長期債を資産として持つことがリスク管理として重要となる。

国債保有状況:2003年と2010年の比較

 次に、先の大幅な金利上昇が起きる直前の2003年3月時点と2010年3月時点の国債保有構造を比較してみよう。今日の国債保有残高は日本銀行を除いて、あらゆる業態で2003年から増加している。預金金融機関では、地方銀行に比べて都市銀行国債保有残高の増加が著しい。また、ALM運用を重視する保険セクターの国債保有残高も大幅に増加してきている。


金利リスクの度合い: 2003年と2010年の比較

 長期債の金利リスクの度合いは短期債よりも大きい。このため、各業態が保有する金利リスクの度合いを考える際には、残高だけではなく保有国債の残存年数も考える必要がある。

 ALM運用が強まるなか、保有国債の残存年数は資金調達の年限に近づく傾向がある。銀行であれば、調達は預金であり短期の資金調達となる。おのずと保有国債も中短期債が中心となる。1998年と2003年のころは銀行でも大量の長期債を保有していた。しかし、現在ではリスク管理を強化するなかで資金調達構造に応じて保有国債の残存年数を短くしている。

 逆に、保険・年金は、超長期の調達構造をふまえて保有国債の残存年数を長期化してきた。

 次図は業態ごとの金利リスク量を比較したものである。現状においては、ALMの観点から超長期債ニーズが強い保険や年金セクターに金利リスクの多くを依存している状況にある。

 リスク量を高めた業態は、長期の負債を持つ保険・年金だ。とはいえ、これらの業態はこれまでに比べて、むしろリスクを抑制する状況にある。資産が持つリスクと負債が持つリスクのギャップを埋めるために、現在のポートフォリオを決めているからだ。

 いっぽう、金利リスクが懸念されている民間銀行セクターについては、国債残高は積み上がっているものの、国債の投資年限の長期化抑えることで、全体の金利リスク量を抑制している。さらに自己資本も大幅に改善している。リスク管理では保有する金利リスク量を自己資本でどれだけ手当てできるかが問われる。このため、当面、大幅な金利上昇が生じる可能性は高くないだろう。


現在は、大幅な金利上昇は生じにくい

 大幅な相場変動が生じた1998年と2003年においては、「売りが売りを呼ぶ」形で、短期間のうちに金利が大幅に上昇した。また、そうしたショックが起きる背景には、「金利は上がらない」という予想の下で、投資家が大量の国債を購入して大きな金利リスクを抱える状況があった。なかでも、日銀が追加的に金融を緩和する期待など、短期金利が低下するとの期待(国債価格が上昇することを意味する)に伴う思惑買いは、過度な金利低下を生じさせた。その反動として、その後の大幅な金利上昇が生じた。

 しかし、日本銀行が金融緩和を強化するなか、金利変動幅は過去のショック時と比べて小さくなっている。金融緩和が長期化することで、時間軸効果(短期金利の安定期間)が強まっている。加えて、投資家は大きな金利リスクを取っている状況にはない。投資家はALM運用を強化しており、それぞれの負債年限に応じた国債投資を実施している点が大きいのである。今の国債市場は、投資家が無理をして国債保有高(金利リスク)を増加させることがない分だけ、金利が大きく変動する可能性が小さくなっている。

 海外投資家による投機で国債価格が急降下し、金利が急上昇する懸念もある。しかし、そもそも海外投資家の国債保有比率は日本国債全体の4.6%にすぎない。海外投資家の国債売りによって一時的な金利上昇があったとしても、国債の大部分を保有する国内投資家が国債を大量売却しない限り、一時的な金利変動に留まるだろう。この点からも、国内投資家がALM運用を強めている点が、国債市場の動向に大きく影響しているのである。