味を視覚で覚えているベルク店長

ぼくには数字が風景に見える

ぼくには数字が風景に見える



2010年12月27日(月)
ベルクの『食の職』に“妥協”の文字なし
〜味で勝負する究極のファスト・フード店
大塚常好
http://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20101224/217718/
『食の職 小さなお店ベルクの発想』迫川尚子著、ブルース・インターアクションズ、1680円
 
「あ、本物だ」
 コーヒーも、パンも、ソーセージも、口にするとカラダが喜ぶのが分かる。
 新宿駅東口の改札の隣にあるビア&カフェ「ベルク」。15坪の狭いスペースに、1日1500人以上の客が訪れる。メニューの種類は100以上でいずれも安くてうまい。だから、1日の平均売上高は約60万円。駅ビル随一の坪効率を誇る。
 2年前、店長が執筆した『新宿駅最後の小さなお店ベルク』にはそんな実績とともに、チェーン店が勢力を増す中で、20年近くインディーズ店としていかに生き残ってきたか、が描かれていた。2008年を代表するノンフィクションであると同時に、優れたビジネス書でもあった。
 実は、当時からファッションに重点をおいたテナントに変更したい駅ビル側から立ち退きを迫られており、今もその状況に変わりはないのだが、ベルクは立派に踏ん張っている。
 保存料に頼った食材はほとんど使わない。鮮度を保つため作り置きをしない。食材のロスを出さない。清掃は社長以下、全員がこまめにする。
 本書は、そんなポリシーが貫かれている「個人商店の星」に関する本の第2弾。今度は写真家でもある副店長が筆をとり、どのように「味を守り」「味をつくって」いるかを、看板メニューであるコーヒーなどの職人との関わり方を含めて率直につづったものだ。
 
 読み終えたばかりの筆者は今、ベルクのホットドックとコーヒーのことで頭の中がいっぱいである。
 
 さて、著者の副店長だが、ある特技を持っている。「味を記憶」することである。
 数年前にどこかの店で食べたモノの「味そのもの」をはっきりと思い出せる。味わった時の情景だけでなく、〈味を色や形で(つまり視覚で)覚えている〉のだそうだ。
 
 ある日、メーカーから仕入れたビールを試飲すると、違和感を感じたことがあった。「中身、間違えてない?」。担当者に聞くと「そんなはずはない」。
 原因を探ると、ビール工場が移転されたことが判明した。原材料やレシピ、生産プロセスは同じだが、機械が新品になり、水も移転先のものに変わっていたのだ。
 最初は、「そんなはずはない」と徹底抗戦の担当者の態度が軟化したのは、著者が描いた絵を見た瞬間。ビールの味を形(絵)で伝えたのである。
 美味しい時は、「ビールの味がこんなグリーンの卵型だった」と楕円を描き、「真ん中に風が吹いていた」と。ところが、味に違和感を感じた時は「頭がとんがって、直線的になった。舌にささった」と今度は鋭角な三角形を。
 その後、担当者と別の樽を味見した時は、「ほら、(今度は)卵の形がもうすっかりくずれて、アメーバみたいでしょ」とまた描きながら言うと、担当者は「おっしゃる通りです」と“降参”したそうだ。