尖閣事件機に再確認、中国政府とどうつき合うか

2010年11月15日(月)
尖閣事件機に再確認、政府とどうつき合うか
「不愉快」「不誠実」「不公平」「不合理」を生き抜く方法
http://business.nikkeibp.co.jp/article/world/20101112/217072/

 社会主義体制を取っている中国でビジネスを展開する時、その成否を分ける重要なポイントとなるのが「政府との付き合い方」だ。進出時の許認可から、インフラや労務の問題に直面した際に力となってもらえるかまで、この要因が大きく作用する。

 ダイキン工業の中国統括会社であるダイキン中国投資の初代董事だった三学経営科学研究所の高橋基人所長も、そんな現場を数多く経験してきた1人である。『「新しい中国」で成功する!――体当たり中国ビジネス必勝法』、『中国人にエアコンを売れ!』などの著書があり、中国ビジネスに詳しい。

 尖閣問題などで日中関係にほころびが見られる今、改めて、中国ビジネスのリスク軽減策を語ってもらった。
(聞き手は谷口徹也=日経ビジネスオンライン副編集長)

三学経営科学研究所の高橋基人所長
1971年 立教大学経済学部経営学科卒業、ダイキン工業入社。国際営業本部香港課長、グローバル戦略本部中国部長などを経て、華北地区総代表 北京事務所所長(初代)首席代表となった。2001年ダイキン中国投資董事。2007年三学経営科学研究所を設立、現在、代表取締役、首席研究員

―― 沖縄・尖閣諸島沖で起きた中国漁船衝突事件などで、日中関係が再び緊張状態に入りました。こういう局面では、現地での中国ビジネスにも影響が出てくるものでしょうか。

高橋 私も現地の様子を聞いてみたのですが、私の予想以上に中国人は事件の情報に触れる機会が少ないようです。日系企業の中国人社員ですら、あまり事情を知らない。社内で日本人と中国人がぎくしゃくするといったこと考えなくていいでしょう。

 それよりも重要なのは、企業と中央政府、地方政府との間で予期せぬトラブルが起こる可能性が高まっているということです。

 尖閣問題にせよ、反日デモにせよ、その背景に中国内部での権力闘争があることはよく知られています。今は、2012年の国家主席交代に向けて中央で綱引きが起こっている時期です。このような状況にある時、地方政府が勝手な行動に走ることがあります。

 企業に対する規制や徴税などに関わるものです。進出している日系企業にしてみれば、突然の“ルール変更”などもあり得ることになるので、注意が必要です。

付き合い方を知っておく
 例えば、エネルギー問題に対処するため、中国では今年8月、電力使用制限に関するある法案が批准されました。これに対応して地方政府がどう動いたかが問題でした。

 ある地方では、企業が勝手にグループ分けされて、それぞれに「9勤5休(9日操業して5日休む)」のスケジュールが示されました。しかも、実施日が8月26日だったのに、その通告は前日の25日だったのです。

 もちろん、企業側も「はい、そうですか」と言うわけにはいかない。企業側が団結して抗議、交渉に当たりました。その結果、「9勤5休」の割合は崩さないものの、合計14日間のどこを休日とするかは各企業の裁量に任されることになりました。

―― たとえ政府からの通達に対してでも、きちんとモノを言うことが大切なわけですね。

 多くの日本人は、「人治国家・中国」という印象を持っているのではないでしょうか。本当のところはどうなのかと聞かれれば「まだまだそうですね」と言うしかないのが実態です。ですから、「対政府戦略」と大上段に振りかざさないまでも、政府との付き合い方を知っておくに越したことはありません。

 それは、中国では、日本人である我々にしてみれば「不合理」としか言えないことが、堂々とまかり通っているからです。

立ちはだかる「4つの不」
 中国で世評に言われる「不」はまだまだあります。「不愉快」「不誠実」「不公平」を加えた「4つの不」がしばしば立ちはだかるのが現実です。そしてその時、我々の手助けをしてくれるのは、「人脈」と呼ばれる理解者の存在となります。

 「中国では、人脈がないと何もできない」と言われますね。気を付けたいのは、これを「コネ、人脈があれば何でもできる」と錯覚してしまうことです。コネや人脈は、時と場合、問題の内容などによって選別して「使う」べきものであって、「頼る」ものではないのです。

 そして、会社の事業の狙いが正しく、実力があれば「人脈」は寄ってくるものでもあるのです。

 ただし、日本でもそうですが、人間関係の維持はそんなにやさしいことではありません。ましてや異国の役人対策としての良好な関係維持ですから、さらに難しいものです。

 相手が役人の場合、私は3つのポイントを押さえるべきだと言っています。1つ目は何かをやってもらうにしても、「投資を追加で誘致した」など、役人の成績が上がるような方向に持っていくこと。2つ目は、相手の立場に配慮して、メンツや心情を潰さないこと。そして3つ目は、役所内での競争があることへの配慮です。

キーマンを囲い込む場合、私は定期的にセミナーやカンファレンスを開催して招待しました。ノーベル賞の受賞者とか、興味を持ってもらえそうな人を呼んで話をしてもらい、情報交換や勉強会の場にするといった具合です。

―― そのほか、中国人、特に役人とつき合う時に心がけるべき点は何でしょうか。

 私はキーワードとしていつも「R.I.C」を挙げています。

 1つ目がRespectです。役人には敬意を払わなければならない。2つ目はInsistで、きちんと主張、要求すること。ケンカをするほど言い合ってこそ仲良くなれるという面はあります。

 そして3つ目がCulture Compliance、つまり、相手側の文化を理解する努力です。日本企業としてリーガル・コンプライアンス(Legal Compliance、法令順守)は当然ですが、中国ではそれと同じくらい相手側の文化を理解しなければ交渉事はうまく運びません。

人脈が出来ればフォローが大事
 中国に進出した企業の方々が往々にしてお忘れになるのが、フォローイングです。

 地方政府との関係に例を挙げましょう。進出当初や進出検討中に交渉ごとなどで関係ができるのが、工商管理局や外国投資委員会といった外資企業の窓口です。いざ進出が決まると、公安局や税務局との関係もできてきます。

 進出先が地方の工業開発区である場合、それらの関係各局の窓口をいわば「セット」にした招商局がいろいろと手伝ってくれます。それに頼って許認可を得て「あーあ、ひと安心」と胸をなで下ろしておられるのが大半でしょう。

 しかし、こうした他人任せの手抜きでは、よい人材や人脈を見失うことが少なくありません。音信不通になっているキーマンはいないでしょうか。ひょっとしたら「人脈」の宝が眠っているのかもしれないのに、気づかずに放り放しにしていないでしょうか。

 気が合いそうな役人と間断なく連絡を取っているでしょうか。口実をうまく作るのであれば、先に申し上げた、セミナーやカンファレンスなどの仕掛けが有効だと思います。

1社だけで戦うな
―― それでもトラブルを完全には防げません。起こってしまった場合の対処法として重要なことは何でしょうか。

 1社でブツブツ文句を言っても、何も始まりません。政府や役人を相手に、孤軍奮闘の戦いほど疲れるものはありませんし、得られる成果も労力と比例する保証もありません。

 そこで、もし同業者がいれば同業者と、あるいは日本人の有力者と協力して役人と交渉するのは有効な手です。実際、その成功事例を良く聞きます。

 私はある省の省長からじかに「貴社の方は、日本人を上手にまとめて交渉に来ますね。まあ、我々も各社バラバラに対応するのは面倒ですから、助かりますけどね」と言われたことを思い出します。

 こうした交渉術も人脈あってのものです。同じことを頼まれるにしても、全く知らない人と、旧知の人では、交渉の入り口の対応から全然違う。だから、私は「事業を発展させたいのであれば、人脈を囲い込め」と言っています。簡単なことではありませんが、それこそが中国ビジネスのダイナミズムであると言えます。