流動性のわな@米国

流動性の罠」の概念を復活させたのってクルーグマンだったんだ。知らなかった。
でもその彼が日本にはインタゲを勧めているのに反対する「経済学者」ってなんなの?
3つの処方箋とその否定論が並べてあるが、「米国・日本」を問わず論じられるものではない。
ということは日本にはデフレ脱却の手段があるのに・・・

【コラム】流動性のわなに陥った米経済、有効な救済策はあるのか
Capital―経済コラム
2011年 8月 8日 18:06 JST
http://jp.wsj.com/US/Economy/node_286435
 先週注目を集めた経済的な大事件と言えば、4日に発生したダウ工業株30種平均の512.76ドルもの下落だろう。

 だが、さらに重大な出来事は、米信託・保管銀行大手のバンク・オブ・ニューヨーク・メロン(BNYメロン)が、大口法人顧客に対して、預金手数料の徴収に踏み切ったことかもしれない。
 
 これは、英経済学者ジョン・メイナード・ケインズが「流動性のわな」と呼ぶ経済病の一症状であり、米経済が陥った穴からなかなかはい出せずにいる理由の1つだ。
 
 流動性のわなは、まれな事態であり、大恐慌時代に発生し、1990年代の日本で再び登場するまでは世の中から消え去ったものと考えられていた。米国は今、その深刻な症状に見舞われている。
 
 流動性のわなとは、金利が極めて低い水準に達し、消費者や企業、投資家にとって資金を現金で保有しようが、利付き投資で保有しようがコストに違いのない状態を意味する。BNYメロンの対応は、米財務省証券(TB)ですら安全とはみなされない事態になった場合に同行に資金が押し寄せることを防ぐために先手を打ったものだ。
 
 こうした状況をケインズが「わな」と呼んだ理由は2つある。
 
 1つは、消費者や企業が経済の弱体化を予想し、投資を控えて現金を保有しようとすればするほど、経済はさらに弱体化するからだ。S&P500種指数の全構成銘柄企業が現在保有する現金は総額9630億ドル(約75兆円)に上る。これは、米オハイオ州の年間総生産の2倍に相当する金額だ。
 
 2つ目は、米連邦準備理事会(FRB)の通常の金融政策の効力を無効化してしまうためだ。金利をゼロ以下にまで下げることは(ほぼ)不可能だ。したがって、低金利が限界に達すると、いくらFRBが紙幣を増刷して債券を購入しても、利子を生まない銀行準備金が増えるだけで、新たな融資や投資には資金がほとんど回らなくなる。
 
 この流動性のわなという概念は、20世紀半ばにケインズと同年代の学者との間で盛んに議論され、1998年に米プリンストン大学ポール・クルーグマン教授によって再び取り上げられている。
 
 クルーグマン教授は、「日本で流動性のわなが生じ得るとは誰も予想していなかった。だがそれが現実となった今、別の場所でも生じ得るかどうかを再考すべきだ」と記している(当時の教授の予想では欧州だ)。
 
 誰もがその意見に納得しているわけではない。ベントレー大学のスコット・サムナー教授は「流動性のわなは比較的疑わしい概念であるというのが正当な評価だ」と述べている。
 
 では米国が現在流動性のわなに陥っているとすれば、どうすれば抜け出せるのだろうか。エコノミストらが提示する救済策は3つある。だが、いずれも著しい副作用を伴うため、実施がためらわれるものばかりだ。
 
 1つは、伝統的なケインズ式処方箋にのっとって、(低金利と多額の遊休預金を利用して)政府が借り入れを増やし、それを需要と雇用喚起に費やすやり方だ。現状に置き換えると、政府は借り入れと支出を増やす一方で、(公約ではなく、法改正によって)数年先に効果がある信頼性のある赤字削減策を策定するということだ。
 
 例えば、公的資金と民間企業とのパートナーシップを活用し、今後10年で実施する可能性のある全インフラプロジェクトを向こう数年以内に実施し、通行料や手数料を徴収することで債務返済に充てる。
 
 だが米国民の多くや共和党議員の大半は、オバマ大統領の最初の財政出動策は失敗であり、その結果負担しきれないほどの債務を抱え込むことになったと考えている。となると、当面は追加的な財政出動は政治的に不可能だ。
 
 2つ目の策は、現在スウェーデン国立銀行中央銀行)の副総裁を務めるラース・スベンソン氏が「流動性のわなから逃れる確実な方法」の1つとして挙げている、通貨切り下げだ。同氏はプリンストン大学教授時代の01年に、「(通貨切り下げを実施すれば)経済を一気に活性化できるとともに、デフレから逃れることができる」と記している。
 
 米政府やFRBが輸出増大策の1つとして、ひそかにドル安をあてにしているのは確かだ。だが、あからさまなドル安奨励策を取る公算は小さい。また、世界の金融システムの基軸通貨というドルの役割を考えれば、そうした策は賢明ではない。
 
 3つ目の策は、経済上重要な金利はインフレ調整済みの実質金利であるという点を利用することだ。つまり、わなから逃れるには、国民に対してFRBはインフレ率をさらに上昇させるつもりだと思わせることだと一部エコノミストは主張する。
 
 インフレ率が上昇しても名目金利が上昇しなければ、実質金利は下落する。やがてマイナス金利になれば、借り入れと支出が増える可能性があるからだ。
 
 これを支持しているのがハーバード大学ケネス・ロゴフ教授だ。同教授は、既に大きく膨らんでいる政府債務をさらに増やすこと(救済策1)は間違いだと述べ、次のように提案している。
 
 「債務削減と低成長という苦悩の時期を少しでも短くする唯一の実質的な方法は、例えば4〜6%程度のインフレ率を数年維持するなど、軽度のインフレを一定期間持続することだ」
 
 このやり方であれば、インフレ率上昇に伴って収入は増加するが、債務は増加しないため、返済負担が減る。
 
 だが、非伝統的な救済策になじみのあるはずのバーナンキ議長は、このやり方に消極的だ。議長は、軽度のインフレが実現可能とは考えていない。むしろ、FRBが物価安定という役割を放棄したとみなされることで、長期的なダメージが及ぶことを恐れている。
 
 病気と同じく、経済も、診断を誤れば症状を長引かせることになる。治療の拒絶も同様だ。大恐慌が10年以上にも及んだのには、それなりの理由があるということだ。
 
記者: David Wessel