毛沢東ブーム


 
先入観なく歴史を学べば毛沢東ヒトラー以上の虐殺者・侵略者だ。
その虐殺者を求心力に据えざるをえない中共の苦労はたいへんだろう。
実態を知らないから=プロパガンダを信じているから「毛沢東ブーム」などというものが発生する。だから基本的に無害なブームだ。
日本人にとって昭和元禄は約30年続いた。(1955〜1989)
中国人にとっては10年間だったんだなあ。(1979〜1989)

2011年6月7日(火)
中国版「三丁目の夕日」は美しいか
急成長の歪みの中で盛り上がる「毛沢東ブーム」

肖敏捷
http://business.nikkeibp.co.jp/article/world/20110603/220400/
(略)
 戸籍制度改革はその一例である。1984年に身分証明書制度が導入され、1993年に食糧の配給制などを含む改革がなされた結果、国内では移動の自由も実現した。2010年11月に実施された「第6回国勢調査」によると、現居住地の戸籍を有しない、いわゆる流動人口数は2.6億人に達した。

 ここ数年、政府が戸籍制度改革に乗り出し、中小都市を中心に、都市戸籍農村戸籍を居民戸籍に一本化させる実験も始まった。戸籍が同じであれば、医療、義務教育、住宅などの公共サービスを受ける権利も同じにしなければならない。

 しかし、政府が「実験」という慎重な改革姿勢を取っているにもかかわらず、都市化というドアをちょっと開けただけで、農村部などから人々が洪水のように流れ込んでくるのが現実である。農村部から大量の人口が流入し、学校や病院などの公共施設がパニック状態に陥った結果、一部の都市は改革を中断せざるを得なくなっている。
(略)
 大ヒットした「ALWAYS 三丁目の夕日」という映画を見て、「やはり、あのころの日本はよかったな」と懐かしさを覚えた人も少なくないだろう。おそらく、重慶市の「紅歌」を聞いたり、毛沢東氏を記念する赤色の画面を見たりする中国人の中にも、昔は良かったと郷愁を覚える人が少なくないはずだ。
 
 経済を復興させ、日本を先進国に仲間入りさせた「三丁目の夕日」は日本だけでなく、中国を含むアジアの人たちにとっても本当に美しい心象風景だった。2007年4月に訪日した温家宝総理もこの映画に言及したほどだ。
 
 これに対し、現状に対する不満から「毛沢東時代に戻ろう」とする主張は、一部の人々、とりわけ、文化大革命を知らない「高成長世代」の間で人気があるのかもしれない。しかし、多くの中国人にとっては心に傷を残した悪夢の時代だった。
 
 我々の世代にとっては、中国版の「三丁目の夕日」はやはり文革が終わり、改革・開放に踏み切った直後の中国だったのではないか。
 
 大学入試が再開され、参考書などの購入で夜中から新華書店の前でできた長蛇の列、国有企業の従業員が作業衣のまま夜間学校に通う姿、街頭テレビでバレーボールの試合中継や香港のカンフードラマに熱中した人の山……。とにかく、長年の政治闘争にうんざりした国民が経済や社会を復興させるため、明るく、前向きにがんばる姿が脳裏に焼き付けられた。
 
 いまだに、食事会などで、同年代の友人たちと昔話をすると「我々の80年代」が話題になる。みんなの表情が明るくなり、話が尽きないくらい盛り上がる。
(略)