財務省の破綻論には裏がある


  

財務省の破綻論には裏がある
 
高橋洋一政策工房会長)
http://voiceplus-php.jp/archive/detail.jsp?id=282
 
日本政府の資産をどんどん売却せよ
   
 いま、日本国債の危機がさまざまなかたちで取り沙汰されている。だがそれらは、はたしてどれほど実態に即しているだろうか。危機を煽る言説を注意して聞いてみると、その多くが「破綻」の意味と「いつなのか」とを明確にしていないことがわかる。「たんなる一般論」と「現実を分析したうえでの議論」とは、区別して考えなければならない。どういう条件の下で、何年で破綻するか。それをはっきりいわなければ、お話にさえならない。
   
 端的に結論をいえば、「現時点で日本の国債は、少し心配ではあるが、心配しすぎる必要はない。まともな政策さえしていけば大丈夫なレベルである。だが、現在の民主党のような政策をあと10年もやられたら、それはアウトになるかもしれない」という話である。
   
 まず最初に、国の債務をめぐる状況を正確に理解しておく必要があろう。1月22日に次のような報道が流れた。「日本の財政がどれだけ借金漬けになっているかを示す『国内総生産GDP)に対する純債務比率』が2010年に先進国で最悪の水準になる見通しだ。総債務残高を使った国際比較では既に1999年から先進国で最悪になっているが、資産を差し引いた純債務ベースでも、これまで最悪だったイタリアを初めて上回る」(『日本経済新聞』)。
   
 これはどういうことか。よくマスコミでは、国債や借入金、政府短期証券の金額を合計して、「日本は国の債務が800兆円あり、地方の債務が200兆円。合計で1000兆円の負債総額になる」という言い方がなされる。だが、忘れてはならないのは、日本は「政府の保有する資産」が、諸外国と比べて桁違いに巨大であることである。
   
 まず地方について先に述べるならば、地方債はたしかに200兆円ほどあるのだが、地方の資産もおよそ200兆円あるから、全体でみれば、これを除外して考えても大きな支障はない。次に国について見ると、国には総計で500兆円ほどの資産がある。そのうち、150兆円ほどは容易には売れない実物資産だといわれるが、少なくとも残りの350兆円は売却可能なものである(2007年度の国のバランスシートを見ると、有価証券・現預金は130兆円。特殊法人等への貸付金・出資が250兆円で、これは特殊法人廃止などですぐに取り崩し可能である)。
   
 先の記事の話は、グロス(債務総額)ではなく、ネット(債務総額から政府資産を引いた金額=純債務ベース金額)のGDPに対する比率はどうか、ということである。これまでは、世界各国の債務総額の対GDP比を比べて、日本の財政状況が断トツに悪いと喧伝されてきた。純債務ベースではイタリアが日本を上回っていたからだ。それがついに、純債務ベースで見てもイタリアを抜いた、というのが今回の報道の肝なのである。
   
 たしかに、この話はまったく褒められた話ではない。だが、これはさらによく考える必要がある。OECD統計では純債務は金融資産だけを除いて計算しているが、実物資産を除くとどうなるか。日本は60%程度にまで良化するが、他の主要国で、日本ほど巨大な実物資産を所有している政府はないから、ランキングは大きく変わる。
   
 そもそも、なぜ日本政府はかくも巨大な資産を抱え込んでいるのか。それは公務員の老後を守るためでしかない。
   
 たとえば外為特別会計にはGDPの20%に当たる100兆円ほどの金額がある。先進国でこれだけの規模の外貨準備をもっている国はない。だいいち外貨準備をもって大々的に介入するのは、変動相場制の理念と完全に矛盾する。日本の次に大きな外貨準備をもつカナダも、せいぜい2%程度。まさに桁が1つ違う。そして、この莫大な資金をどこで運用するかの決定権は財務省にあり、それが利権だ。
   
また、年金の積立金も150兆円ほどあるが、これもこんなに積み立てている国はない。政府は「高齢化が急速に進展しているから、将来の保険料を急に上げずに済ませるためだ」と説明しているが、これだけの金額があるのとないのとでどれほど保険料が違うかを計算してみると、じつはあまり変わらないのである。なのに、なぜこれだけ抱え込んでいるかといえば、やはり運用するメリットがあるからである。これだけの金額を運用すると、年間300億円ほどの手数料が動く。どこで運用するかは随意契約だから、金融機関は皆、口を開けてその300億円を待っている。これがすなわち利権となるのである。
   
 郵政にしてもそうである。じつは政府は郵政の株式を5兆円以上もっている。この株を売却し、さらに完全民営化の会社として健全に運営してもらって法人税を納めてもらえばいいのに、株の売却を止めてしまった。
   
 こうした資産を政府にもたせておくと、だいたいろくなことにはならない。莫大な資産があるということ自体が、役所のパワーを強くしている。つまり「天下り天国」だということの言い換えでしかなく、じつは「有効に活用しない」と宣言しているようなものなのである。
   
 日本政府の資産をどんどん売却、または年金資産は国民に還元していけば、グロスの政府債務は縮小していく。当初はネットの数字はあまり変わらないが、最終的にはよくなる。やがてさらに、民間が売却された資産を有効に活用しはじめ、そこから利益を上げて経済が回りはじめれば、税収が上がりはじめる。そうなれば、ネットの政府債務も縮小していくことが期待できるのである。
   
「お金を刷って」名目成長率を上げればいい
   
 次に問題になるのが、GDPに対する純債務比率がここまで悪化した理由である。純債務残高対GDP比は、日本は1995年に26.3%であったが2010年に104.6%と大幅に悪化した。イタリアは95年には99.0%であったが2010年は100.8%。ほぼ横ばいであった。なぜこの差が生まれたか。じつはその間、日本の名目GDPが3%減少したのに対して、イタリアでは65%増加した。つまり、日本がデフレに陥り、分母となるGDPを拡大させなかったことが問題なのである。じつは、日本の名目GDP成長率はゼロかマイナスで、先進国平均4%超のなかで断トツのビリだ。
   
 債務残高とGDP比の関係は、じつはプライマリーバランスGDP比と成長率と金利の関係に依存する。成長率と金利はほぼ連動して動くので、債務残高のGDP比が安定的になるためには、プライマリー収支が改善していけばよいということになる。単純化していえば、プライマリー収支が赤字縮小の方向にあれば、純債務残高のGDP比はそうそう大きくはならないのである。逆に、破綻を純債務残高対GDP比の発散とすれば、破綻とはプライマリー収支が誰の目にも悪化傾向が確認されるときだ。
   
 プライマリーバランスが改善するかどうかは、税収と歳出の関係による。名目成長率と歳出は、ほぼ比例的に伸びていく。だが、税収には累進構造があるから、成長率1%の伸びに対して国税では1.1、地方税では1.05ほどの伸び(弾性値)が期待できる。つまり、名目成長率が3%になれば、歳出は概ね3%伸びるが、国の税収は3.3%伸びるということである。これを何年も続けていけば、じつは財政再建ができてしまうのだ。
   
 本当に財政収支のことを考えるのであれば、ある程度、名目成長率が高めになったほうがいいに決まっている。しかし財務省は、今回の財政収支試算(後年度影響試算)などでも名目成長率をきわめて低く置いている。これは、財務省の悲願である「増税」を主張できなくなることを恐れているからだとしか思えない。なぜなら、はっきりいってしまえば名目成長率を上げるには、少しお金を刷ればいいだけの話だからである。たしかに実質成長率を上げるのはそれなりに難しい。だが名目成長率を上げるためには、インフレ率をマイナスにさえ設定しなければいいのである。
   
 こういうと、「インフレになると、金利が上がってしまうからダメだ」という反論がなされることがある。しかし、これも間違いだ。たしかに利払いは大変になるが、その分、GDPが増えるので、債務残高のGDP比を考えたら、大した問題ではないのである。「成長率より金利が高い」と頑強に主張する専門家のなかには、民間金利国債金利を混同している人すらいる。民間金利が成長率より高いのは当たり前で、民間金利が成長率と同じだったら、借り入れて事業を興せば間違いなく儲かってしまう。国債金利は民間金利よりも低く、つまり、じつは長期的には成長率と大差なくなるのである。なお、先進国では名目成長率が4%を超えると成長率が金利より大きくなる傾向もある。だから、名目4%は破綻回避の黄金率だといってもいい。
   
では、どうやって「お金を刷って」名目成長率を上げるか。そのためにまずGDPギャップを埋め、次に成長経路に乗せる必要がある。GDPギャップを埋めるには、単純化すれば4つしかやり方はない。財政政策は、国債を発行してお金をまくか、埋蔵金を使ってお金をまくかの2つ。金融政策は、中央銀行量的緩和をさせるか、政府が政府紙幣を発行するかの2つである。
   
 このうち、国債を発行するのも、埋蔵金を活用するのも、ネットの資産負債差額が悪化するという点では、大なり小なり同じである。だが、国債を発行してお金をまくのは、将来世代からお金を巻き上げて現役世代に配っているのに等しく、一方、埋蔵金を活用するのは、無駄な体質の役人から取りあげることと同義である。これは明らかに後者のほうがマシであろう。
   
 いま、「国民の金融資産が1000兆円あるから、まだ国債発行の余力はある。日本国債はほぼ国内で消化できているのだから、このような不況時には思い切って国債を増発して公共投資を行なうべきだ」という意見も根強くあるが、これは筋がいい議論とはいえない。突き詰めてしまえば、いずれ国民の資産を全部吸い上げてもいいというような議論であり、国民に疲弊と閉塞感を押し付け、生活防衛のための消費冷え込みを引き起こすだけだからである。
   
 一方、量的緩和については、日銀は一貫して否定的な姿勢を崩していない。ここが致命的な大問題である。じつは、小泉改革のときにプライマリーバランスが良化したのは、不完全ながらデフレから脱却しつつあったからであって、構造改革・民営化との相乗効果だ。ベースに適切なマクロ政策があり、それに民営化路線がプラスされれば、経済の調子は大変によくなるということなのである。
   
 小泉政権のときには、絶えず日銀にデフレ対策を要請していた。あの当時は経済財政諮問会議も機能していて定期的に政府と日銀で意見交換がなされていたから、さすがに日銀もいまほど酷いことはできなかった。もっとも、すごくいいこともしなかったのだが、日銀にインフレ目標を実行させる法的根拠として「日銀法」を改正するところまでは、時間が足りなかったのが実情である。
   
 本来ならば、政権交代のときは、そのような悪弊を思い切って一掃する大チャンスだっただろう。だが、民主党はそのチャンスをまったくふいにしたどころか、かえって悪化させた。経済財政諮問会議をやめてしまったので、2、3カ月も日銀総裁と総理が話さなかったとすらいわれている。この経済情勢のなかで、それは明らかに異常だ。
  
 政府が金融政策に無関心で、日銀の白川総裁は「広い意味での金融緩和」などといって、そのじつ何もやらないどころか、実質的には若干の引き締めまで行なった。それでは「鳩山不況」に陥るのは必定である。政府が「デフレ宣言」をしたのを受けて、それまで引き締めていたのを、ちょっと緩和したが、お粗末極まる。「広い意味で」などとくだらないことをいわずに、FRBアメリ連邦準備制度理事会)などを見習って果断に緩和を行ないさえすればいいのだが……。
   
 日銀が動かないならば、「では政府紙幣を」という話になる。量的緩和にせよ、政府紙幣にせよ、それを実行したら「ハイパーインフレが起きる」などと法外な議論を仕掛けてくる人がいる。しかし、そのような人は、どの程度貨幣を増やすとハイパーインフレになるのか、はたして計算しているのだろうか。いま100兆円ほどあるハイパワードマネーを1京円くらいにすれば、ハイパーインフレへの恐れも出てこよう。だがそれは、換算すれば国民一人ひとりに1億円を配るようなものである。たとえば、一人当たり20万円の定額給付金政府紙幣で配ったところで、いまのGDPギャップも埋まらず何の問題も起きない。
   
民主党の愚策が「狼」を呼び出す
  
 外国人投資家が国債先物売りを仕掛けてきて、国債暴落の引き金が引かれるなどという意見も、まことしやかに語られるが、それは国債が暴落しはじめた最後の1カ月で起こることである。金融市場の人々は、話題づくりのためにそのようなこともいうのだろうが、国内でほとんど消化されている日本国債が、たんなる噂や仕掛けで大変な危機に叩き込まれる危険性は、そもそも低い。これまでトンチンカンな海外の格付けに晒されても、日本国債はほとんど何の影響も受けなかったことが何よりの証左である。
  
しかも、いままで述べてきたような政策を採れば、とくに名目GDP成長率が先進国並みの4%(破綻回避の黄金率)になれば、日本国債について純債務残高対GDP比が発散の危機に追い込まれる危険性も、そう高いものではない。だからこそいま、G7などの場で、ギリシャ国債危機があれほど話題になりながら、日本国債についてはほとんど問題視されていないのである。
 
 だが問題は、現在の民主党政権の政策がこのまま続いたらどうか、である。郵政民営化の凍結に象徴されるように、国の資産は売らずに丸抱えし、労働組合の声に押されて「天下り天国」を実質的に放置し、適切なデフレ対策も採っていない。
 
 昨年12月30日に「新成長戦略」を閣議決定し、10年間で名目経済成長率3%、実質経済成長率2%をめざすというが、そこに書かれている旧来型の産業政策の手法は、「政府は成長する産業を選別できない」として、その効果がとっくに否定されているものである。ちなみに「新成長戦略」では、環境関連で50兆円超、140万人の新規雇用としているが、労働分配率が7割とすれば労働所得は35兆円、一人当たりの年間所得は2500万円となる。はたして本当にそんな個人所得が実現するのか。まったくデタラメな机上の計算にすぎないことは明々白々だ。
 
 これまでは経済財政諮問会議でマクロの展望も踏まえて中期経済・財政プログラムが策定され、「成長政策」と「財政政策」のそれぞれにタガがはめられていた。しかし、民主党は「中期財政計画を6月までに策定する」などとして、政策はまったくバラバラ。これまでの改革の成果も次々と無にし、その一方で、選挙のためのバラマキだけが拡大している始末である。
 
 このような民主党政権運営がこのまま続くとどうなるか。民主党は予算組み替えに失敗し、10年度予算で1兆円超、次年度以降2兆円超の歳出悪化圧力がかかる。これはGDP比で0.5%。これが10年続けばプライマリーバランスが5%悪化することが、どのように取り繕ってもわかる。これは、純債務残高対GDP比が発散すると同義である。これまで、「日本国債が危ない」というのは、どこか「狼が出るぞ」という嘘つき少年のイソップ童話に近いところがあった。だが、ここまで酷い民主党政治は、やがて本当に狼を呼び出してしまうかもしれない。