世界一の国がなぜペナルティを払うのか

  

  

鳩山国連演説「25%削減」の舞台裏(上)
URL:http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20091120/210271/
 
谷口徹也(日経ビジネスオンライン副編集長)
 

 鳩山由紀夫首相は就任直後の9月22日に国連の気候変動首脳会合で演説。地球温暖化への対応策として「2020年に日本は1990年比でCO2排出量を25%削減する」と明言した。合計で世界の総排出量の4割を占める米国と中国が同様の大胆な目標を掲げる気配はまだなく、日本だけが突出した国際公約を掲げて自らを縛った格好だ。
 
 今、問題になっているのは、この目標を達成できる現実的な可能性と、そのためにはどれだけの負担が必要になるかということ。1世帯当たり年間数十万円の負担増になり、企業の国際競争力も大きく削がれるという見方もある。そもそも、鳩山政権が掲げた数値目標はどのようなプロセスと根拠の下に策定されたのか――。
 
 櫻井よしこ氏が理事長を務める財団法人、国家基本問題研究所は10月20日に「CO2 25%削減は可能か」と銘打ったシンポジウムを開催した。地球温暖化対策
基本法案の提案者の1人である前田武志民主党参院議員、日本経団連坂根正弘・環境安全委員会委員長(コマツ会長)、電力中央研究所杉山大志・社会経
済研究所上席研究員の3氏が出席。櫻井氏が進行役を務めた。
 
(文・構成は谷口徹也=日経ビジネスオンライン副編集長)

 
―― 民主党が非常に意欲的な25%削減案を打ち出しました。鳩山首相が国連で演説され、打ち出した数値目標は「90年比25%削減」。これは2005年比で30%になる。これが日本経済や産業にどのような影響を及ぼすのか。そして世界経済や地球環境問題全体にとってどういう意味を持つのか、改めてディスカッションしてみたいと思います。
 
 まず前田先生から、そもそもこの案はどのように生まれたか、25%という数字はどのような根拠を持って提案されたかをうかがいます。
 
 前田 マニフェストにこの数値を載せるに至ったのは、3年くらい前にできた「地球温暖化本部」がきっかけです。去年の通常国会に、「温暖化対策基本法
としてまとめました。
 
 中間目標としては2020年までに1990年比で25%削減、そして「再生可能エネルギーを2020年までに10%以上」というのを中期目標として掲げました。
 
 2050年以降についてはマニフェストに確か「60%以上」と載せています。ですが、2050年で論じるのは、日本にとって“逃げ”なんです。
 
 というのは、人口がどんどん減っていって、2050年代には9000万人を割っている可能性が高い。今に比べ、4分の1は減るわけです。さらに、技術革新や温暖化対策の効果がありますから、1人当たりの「原単位(=基準量:この場合はCO2排出量)」も落ちてきます。
 
 2050年以降の目標を立てても実際には全然、減らすことにならない。その点、2020年というのは、本当に、どの程度のことがやれるのか、を問われることにな
る議論でした。
 
データを積み上げてやることは不可能だった
 
 前田 櫻井さんがご質問の「根拠」ですが、我々は野党の立場でやっておりましたから、データを揃えてきちんと積み上げてやるということは不可能だったの
です。
 
 当時、麻生(太郎)さんが15%という削減目標を出されました。それに至る経済産業省を中心とする検討会があって、そういう資料を我々も勉強させていただ
きました。産業界では電機事業連合会(電事連)や自然エネルギー利用の専門家、経産省環境省の方々にもヒヤリングをしながら固めてきたわけです。
 
 最終的に「25%」という数字を打ち出したのは、政権を取る1年くらい前でした。そして、我々が政権を取った時、「覚悟を決めて、そういう世界に入ってい
こう」という意思が大体固まった。
 
 こう言うと、割と簡単なように聞こえますが、我が民主党というのは、結構、「幅」があります。産業界から来ている方もいるし、電力総連から来た専門家の
方もいる。
 
 そういった中で侃々諤々の議論をして参りました。日本の将来のことを考え、世界にどういう貢献ができるか。持っている技術にはどんなものがあるか。そん
なことを勘案した上で、政権としてはバックキャスティング(注)的な考え方で「25%を打ち出そう」という結論に至ったわけです。
(注)長期の目標を定め、その達成のために必要なアクションを今から具体化する実践的かつ政策指向の強いアプローチ。
 
原子力発電所稼働率を60%台から90%以上に
 
 前田 もう少し根拠をと言われると、今、大体400億トンくらいあるCO2排出量を200億トンくらいまで下げないといけない。確かIPCC(気候変動に関する政府
間パネル)の話ではそういうことだったかと思います。
 
 需要側のほうで半分くらい、電力会社などの供給側で半分くらい。産業界は、絞っても水が出てこないカラカラの雑巾のようなものだと聞いていますが…。
 
 ただ、民生1つ取っても、実は住宅や業務系の建物などの断熱は、ほとんど進んでおりません。需要側だってやろうと思えばいっぱいある。それが全部、経済
政策にもなっていく。それが、(25%削減まで)踏み込んだ根拠となっています。
 
 供給側では、例えば原子力発電。日本では今、60%台の稼働率で欧米に比べて低い。日本のメンテナンス技術がそんなに劣っているなんてことはあり得ないの
で。これを90%以上に上げていくことができる。
 
「25%を全部真水で」と言うつもりはない
 
 前田 もう1つは自然エネルギー。これを大々的に導入していく。電力会社による固定価格買取制度の導入で、供給側も随分CO2を削減できるのではないか。
 
 もちろん鳩山さんの表現にも出ていたように、排出権取引制度というのも考えている。CDM(クリーン開発メカニズム)なんかと組み合わせて、どういうふう
にやっていくかも随分議論をした。従って「25%を全部真水で」と言うつもりはないのです。
 
 ―― 民主党のほうで具体的道筋を発表するのはいつ頃でしょうか。鳩山氏がチームを作って研究しているということですが、具体的に、どのように25%を達
成するのか。真水はどのくらいで、排出権取引はどのくらいかが、大体いつ頃出てくると考えればよろしいですか。
 
 前田 今の民主党は、内閣・政府の方と、国会中心の政党の方が分かれています。政策の決定権は内閣にあるので、私が答えられる立場にありません。
 
 政策は、統合政策ですから、菅直人さんが担当大臣を務める国家戦略室や党を中心にして、各省、各大臣を集めて、練っていくことになります。
 
 私は平野博文官房長官に、その辺のところを確認をしているのですが、12月のコペンハーゲン会議(国連気候変動枠組み条約第15回締約国会議=COP15)まで
に、ある種の方向性が出てくるのではないかと思います。
 
 ちなみに、民主党には常任幹事会という意思決定機関があって、私がその次期議長に内定しています。そういったところでも、議論が出てくるかもしれません
が、これはあくまで内閣の仕事ということになっております。
 
―― 杉山さんにうかがいます。IPCCがいったい、世界にどのようなメッセージを発信し、それが政治的にどのように受け取られているのか、ご意見をお願いした
いと思います。
 
 杉山 IPCCは世界気象機関と国連環境計画が共同で設立した機関です。一言で言えば、「科学者の集まり」でして、世界各国から集まった科学者が温暖化、気
候変動に関するレポートを書くわけです。
 
昨年くらいから誤解されることが多く、私も戸惑っているのですが、「2020年に50%以上減らすんだ」とか、「2050年に60〜80%減らす」といった数字を“提言
した”といったことはありません。提言しているのは欧州や日本の行政官や政治家の方々です。
 
 科学アセスメントの機関ですから、やることは文献のレビューです。色々な科学雑誌に載っている文献を集めてきて、整理をして、こうなっていますという話
をする。
 
 その中にはもちろん「温暖化が進むと大変な悪影響がある」という論文もあれば、「そうじゃないかもしれない」というものもある。それらを整理したという
ことです。
 
 ただし、IPCCは「気候変動は人間が出しているCO2などの温室効果ガスで起きつつある」というメッセージは出しています。これはもう疑いようがないからで
す。
 
 ここの根本を科学的的に疑う方はまだいらっしゃるのですけれども、IPCCは明言しています。ただ、どのくらいの悪影響があるかといったところに関しては、
不確実性があって、具体的にはよく分かっていないのです。
 
 一昔前は、グリーンランドの氷が全部溶けて、海面が7メートル上がるかもしれないとか、欧州がシベリア並みに寒くなっちゃう、メキシコ湾流という暖流が
来なくなる、そんなことが急に起きるかもしれないという説もありました。
 
 しかし、今はそういう話はトーンダウンしています。色々心配される事象はあるのだけれど、地球相手の科学はすごく難しくて、何が起こるかを断定するのは
非常に難しい。ただ、科学者の判断として、これは非常に大きなリスクになりそうだというのは、ほぼ一致した見解です。
 
「科学の集団、IPCC」としては、何となく気持ち悪い
 
 杉山 温度が低ければ低いほど良くて、CO2の排出が少なければ少ないほど良い。これは間違いない。温度が上昇し、CO2の排出が増えるほどリスクが大きい
ものの、何度なら大丈夫とは言えない。
 
 今すぐCO2排出を止めても結構ひどいことになるかもしれないし、出し続けても大したことは起きないかもしれない。そういう状態です。
 
 環境問題に関して、政治が科学的な情報をどう踏まえて行動するかは、別問題です。IPCCは色々なレポートを集めて整理をする。提言ではないのです。それを
ご覧になって政治家が判断するということです。
 
 そういうわけで「IPCCが提言をしたからこの数字だ」と言われると、「それは違います」と言わなければならない。リスクがあるということを色々申し上げて
いるだけです。そして政治家なり、国民の皆さまの判断に委ねるという形です。
 
 報道を見ると、科学と政治の線引きが違うかなというような感じを受けます。
「科学の集団、IPCC」としては、何となく気持ち悪いところはありますね。
 
環境技術、世界一でなくなったら潔くペナルティ払う
 
 ―― CO2と温暖化はあまり関係ないかもしれないという議論もあるのですが、それを話し始めると時間がなくなります。そういう研究結果の発表もあること
と、IPCCは独自の研究をするという立場ではないということも押さえて、先に進みます。
 
 排出量の25%削減というのは、国際公約という形で、政治的に受け取られている。また、国際政治、経済の中に、深く組み込まれたために国民も経済界もこれ
に対応しなければなりません。日本経団連の坂根さん(コマツ会長)にはその立場からうかがいます。
 
 坂根 なかなかこの問題、全体を頭に入れるのは大変な分野だと思っています。12月のCOP15における国際的な合意まで時間がない状態ですが、今年に入っ
てからの官民の目標作りの経緯・事実だけをおさらいしたいと思います。
 
まず、経団連は「2005年比で2020年に4%削減」という目標が妥当だと発表しました。これが政界や一般の人から顰蹙を買ったような数字だったと思うのです
が、このときの前提を説明しましょう。
 
 世界のCO2排出量のうち、米国と中国が2割ずつを占めています。合計4割となるこの2カ国が全く入っていない今の国際枠組みは明らかにおかしいということ
です。日本は、GDPでは世界の8%を占めていますが、CO2では4%に過ぎません。
 
 その上、はっきり言って、日本企業はどの業界においても(排出量削減においては)「自分たちが世界一だ」と自負している。私どものコマツも建設業界では
そう思っています。
 
 もし世界一でなくなったら、「潔くペナルティを払う」と皆言うと思います。
そのくらい日本は努力をしてきている。
だから決して日本の国民は、我々日本の今のレベルを低く見る必要はないと思います。
 
日本はCO2を1トン減らすためのコストが高い
 
 坂根 提示した削減目標が「2005年比4%」になった根拠を申し上げましょう。
 
 当時、米国や欧州は13%とか14%という数字を出していました。日本は、先ほど申した通りCO2の排出量が世界一少ないレベルの国になっているから、さらに
排出量を1トン減らすためコストが相当高くなる。
 
 米国や欧州が13%、14%減らすためにかかるコストは1トン当たり3000〜5000円と言われています。日本でこれと同じ削減費用をかけるとしたら、どのくらい
下げられるかというのが4%という数字です。それが根拠です。
 
 その後、麻生政権が色々なヒヤリングをして、2005年比、国内だけの真水で15%削減することを打ち出しました。
 
 この根拠は、あまりはっきりしないのですが、恐らく米国や欧州が13%、14%と言っているので、それよりも1ポイント上乗せしたという、かなりの政治的判
断があったのだと思います。
 
消費税6%分に相当する追加負担が発生する
 
 坂根 経団連の言う「4%削減」をベースとした場合、削減幅を15%まで引き上げると、どのくらい国民負担が増えるか。それは「1世帯当たり7万6000円」と
いう試算が出ています。
 
 試算は前提次第で変わりますが、いずれにしてもかなりの金額を国民が負担しなければいけないことは確実です。
 
 その時に麻生政権が国民にアンケートを取ったら、アンケートに答えた人の6割が「月1000円以下なら払っても良いよ」というものでした。年間1万2000円以
下です。7万6000円とのギャップは何か。いまだに私は分かりません。
 
 今度の鳩山政権は1990年比で25%、2005年比で30%削減ということを言っている。真水部分がどれだけあるかはっきりしておりませんけれども、ある試算によ
ると、先ほどの7万6000円が36万円になるとのことです。
 
 1所帯で36万円の追加負担ということは、国全体で18兆円になる。消費税率にすると6%くらいに相当するものがかかるという結果が出ている。これは事実です。
 
世界一が「遅れたところ」になぜペナルティを払うのか
 
 坂根 ここからは私の所見です。
 
 まず、鳩山首相が国連で発言された、主要国…、これは米、中、インドだと思いますが、「主要国が参加する形での意欲的目標合意をリードしていきたい」と
いう、この意気込みについては、私は全面的に賛同したいと思います。
 
 今メディアを見ると、産業界が抵抗族のごとく言われています。しかし、そんなことは全くありません。私どもを含め、日本のほとんどの業界が世界一を今、
走っているのです。
 
 その「世界一」が、「遅れたところ」に、なんでペナルティを払わなければならないのでしょうか。それは勘弁してくれないかなということです。
 
 産業界の基本にあるのは、京都議定書のトラウマですね。1つは米国です。 
 
 米国は1997年、あの民主党政権のときに「京都議定書に参加しましょう」とサインをしました。ところが2001年に共和党政権が誕生して状況が変わりました。
 
 米国という国は日本とは違います。日本は首相がコミットしたら、それが国の目標になりますが、米国の場合は、政府がいくらサインをしても、国会がそれを
批准しなかったら、国際合意になりません。共和党政権も京都議定書を批准しませんでした。
 
 結局、2005年から京都議定書は発効され、効力を発揮するわけですが。米国は結局、今に至っても参加していません。
 
 中国は当然、参加していない。米国に言わせると「中国が参加しないから、自分たちも参加しなかったんだ」となります。米国と中国は、相手が必ず参加しな
いと自分も駄目だと言う国なのです。これがトラウマになっています。
 
欧州には、CO2削減「濡れ雑巾」国がたくさんある
 
 坂根 2つ目は、欧州が1990年度をベースにしようじゃないかと言い出したことです。
 
 1997年当時ですから、それはごく当たり前のことだったのですが、考えてみればかなり戦略的な設定でした。
 
 欧州は旧東欧を自分たちのところに入れましたから、(CO2の排出量削減でも)もう“濡れ雑巾”みたいな国がたくさんあるんですね。だから、京都議定書
ベースで欧州と日本を比較した場合、あたかも欧州のほうがCO2をたくさん削減したようになっています。
 
 欧州の方が努力した――。皆、そう思っていますけれども、我々、産業界にいる者同士は、お互いのことを知っています。だから、「あの(EUの)人たちが何を
努力したというのだ」となります。
 
 我々は生産過程などで血の滲むような努力をしました。自動車の燃費は世界一だし、建設業界だってエネルギー効率が高い。それがどうして、EUの人たちより
も、我々のCO2削減量が少ないと言って非難されなければいけないのだというトラウマ。これです。
 
基準年は2005年で統一すべき
 
 坂根 今度の12月のCOP15に向けての要望を整理します。
 
 とにかく世界の4割を占める米中を絶対に参加させてほしい。もう1つは、鳩山さんがおっしゃっている「高い目標でリードしていきたい」という部分はいいの
ですが、私の本当の心配は、それでまた米国が離脱をするのではないかということです。
 
 日本では、麻生目標でも国民負担は7万6000円でしたが、米国で同じ数値を達成するための国民負担は175ドルです。約1万6000円ですが、議会は「それでも高
すぎる」と言って、やっています。
 
 米国の良いところがいっぱいある国ですが、こと国際交渉になると、自分勝手というか、国益を絶対に損わない国です。ですが、鳩山政権は何としても米国と
中国を参加させてほしいと思います。
 
 それから1990年を基準にすることについて。京都議定書が発効したのが2005年ですし、米国も「2005年をベースに」と盛んに言っていますから、米国を逃がさ
ないためにも、もう2005年で統一すべきだと思います。
 
生産過程だけでなく、ライフサイクルでの判断を
 
 坂根 次に、政権と官僚に対する要望です。
 
 産業界の目標を言う時、これまでの議論ではいつも「産業界が生産過程で発生させているCO2」だけを言うんですね。特に鉄鋼やエネルギー関係は、生産過程
での発生が圧倒的に多いですから、この人たちにものすごいしわ寄せが出るのです。
 
 鉄鋼や化学などは、生産段階のCO2を削減しても、その対価をもらいにくい。たとえば新日本製鉄がものすごくコストをかけてCO2を少なくして作った鉄をコ
マツが高く買うかと言ったら、そうはいきません。鉄は鉄ですからね。
 
 一方、自動車や建設機械は、売った後にユーザーが使いながらCO2の削減効果を出してくれます。コマツの場合、鉄やゴムなど買ってくる素材による効果が全
削減効果の4%。コマツの社内で建設機械を作る過程での削減が4%。残りの92%はお客さんのところです。
 
 今回、コマツが業界で初めて出したハイブリッド車は、お客さんのところでこれまでより25%、CO2を削減できます。「全体の92%のうち25%」が削減できれ
ば、すごい量です。
 
 しかし現実には、全体の4%のところも25%削減しろと言われるわけです。そうなると我々コマツにしてもトヨタ自動車にしても多分、目標値が25%であろう
と15%であろうと、関係ないです。極限までCO2を削減するしか、我々は国際競争に勝てないと思っているからです。
 
 このような事情や違いを考えず、「産業界」という言葉1つで片付けるのは、ものすごく抵抗があります。産業界=生産過程でのCO2じゃなくて、ライフサイ
クル全体の中での評価を考えるべきだと思います。
 
日本では「企業努力で吸収」と思われている
 
 坂根 極端なことを言うと、ハイブリッド車を従来のクルマと同じ値段で売ったら、100%普及しますよね。ところがなかなかそこまではいかないので、1〜2
割程度の価格の上乗せで売れるくらいにする。だから補助金が必要になります。
 
 建設機械の場合、特に中国では稼働時間が長いですから、ハイブリッド車にしても3年くらいで上乗せした価格を吸収できるシステムになっています。実際、
ハイブリッドの建機は日本より中国でヒットしています。
 
 製品のライフサイクルで考えると、我々メーカーが本当に研究開発の力を入れなければならないところが分かってくる。そういう取り組みも、もっと国民に分
かるようにしてもらい、是非、評価していただきたいと思います。
 
京都議定書による達成目標(1990年比6%削減)は未達に終わっているのですが、産業界の生産過程だけで言えば、2%削減まで来ています。ところが、お客
さんのところでのCO2削減を入れれば、はるかに下がるものを既に出しております。
 
 それから、米国が1万6000円で揉めているのに、日本では7万6000円でも揉めなかった。さらに36万円と言っても、皆さん何も怒らない。この温度差は何なのか
と思います。
 
 私の米国での経験から言いますと、米国人は国や企業がお金を払うと「結局俺たちに負担が回ってくるんだろう?」という議論がすぐ始まります。しかし日本
の場合、「企業努力で吸収して自分には降りかかってこない」という感覚があるような気がします。
 
ちゃんと経済成長した上での「36万円負担」
 
 ―― CO2削減が科学から離れて政治の問題になっている点で、お三方の認識は一致しているということでよろしいでしょうか。IPCCは削減量を増やせと言って
いるわけではない。排出権取引の問題などが議論される中で、日本は「ここで乗らなければ取り残される」と考えた。政治のゲームになっているというわけです
ね。
 
 前田 1つの側面としてその通りですね。日本の政権が変わったことが1つの大きなきっかけになっているわけです。鳩山さんが世界に対して明言したわけなの
で、我々の政権は、責任を持って具体的な政策をスタートします。
 
 ただ、削減目標の根拠については、色々な分析や仮定があります。例えば、「36万円の負担増」といったレポートなども勉強させてもらいました。これまた
色々な仮定が入っているのです。
 
 4%削減のケースはGDPの年平均成長率が1.4%で、25%削減のケースは前提の成長率が1.1%くらいです。500兆くらいの経済が2005年比で17%は成長している
わけです。
 
 だから36万円が丸々マイナスになるという話ではない。成長して630兆〜640兆円くらいの経済になった上で、4%削減に比べるとそれだけ落ちるよということ
なんですね。
 
 日本が持っている資源をそちらに向けて、低炭素化社会というのを作っていく、グリーンニューディールにするということで、政策を展開する。実現した暁
には、前提になっているようなことではなしに、多分、社会のあり方なんかも違ってくると思う。
 
 その辺の説明が全くされないものですから、何だか36万円もマイナスになってしまうということになる。そうではなしに、ちゃんと成長していっての36万円で
すから、20数%削減してもちゃんと成長しているわけです。
 
徹底した断熱改修で長期優良住宅に
 
 前田 あとは、一般家庭やビルにおけるCO2排出量削減です。例えば、家庭はCO2排出の19%くらいあって、事務所や中小企業の工場などまで全部含めると
28%くらいになります。これらを対象にした削減策は、今までのところ、ほとんど出ていないのです。
 
 民主党マニフェストの44番は住宅政策でした。省エネ改修を徹底的にやることを書いてあります。
 
 日本の住宅は購入してから20年、25年のローンを払い終えた頃、上物の資産価値がほとんどなくなることが多い。それからさらに10年、20年経てば産業廃棄物
になり、やがてはゴーストタウンです。そういう住宅政策をやってきたことに、大きな誤りがある。
 
 世帯数を上回る数の住宅があるのに、省エネ政策と言うと前提が新築住宅になって、そこに太陽光パネルを張って、といったパターンにはまり込んでしまっ
ている。
 
 こうしたマイホームで徹底的に断熱改修をやってもらい、そこにインセンティブをつける。するとそれが長期優良住宅になる。一方で流通系も整備する。マイ
ホームの価値が上がって「資産」になってくるのです。そういう政策も民主党は入れているのです。
 
 断熱と耐震を一緒にしたパネルみたいなのを使えば、今の技術だと相当進んだ断熱ができる。合わせて耐震になるのでマイホームの価値も上がるのです。5000
万戸改修しようとすれば、1年に250万戸でも20年かかる。やることがいっぱいあるのです。
 
日本の競争力を弱めようなど、さらさら考えていない
 
 前田 ビルや中小工場の断熱だってやろうと思えばできる。新聞を読んだら、大手ゼネコンが大きなビルの断熱に大きな市場を見いだしたなどと書いてあった。
 
 その方向に全く政策が向いていなかったのは、さきほど坂根さんが言われたように、これ以上絞りようがないカラの雑巾のようなところに問題が集中していた
からでしょう。
 
 私どもも電事連や電力会社の方にずいぶんお話を聞いています。産業界に大きな負荷をかけて、日本の競争力を弱めてしまうというようなことは、さらさら考
えていません。
 
細かいデータも切実感もなかった
鳩山国連演説「25%削減」の舞台裏(下)
谷口徹也(日経ビジネスオンライン副編集長)
COP15 CO2 地球温暖化 国連 マニフェスト 環境税 IPCC 民主党 CCS ライフサイクル 鳩山由紀夫
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(前回から読む)

 ―― 国民の側から見ると、確かに選挙で勝った民主党マニフェストにCO2削減が書いてある。しかし、国会での所信表明演説も、国民への説明もなしに、いきなり国連で国際公約をなさるのは、ちょっとどうかな、という気もなきにしもあらずなのです。
 杉山さん。この25%もしくは30%削減のアイデアそのものが、世界の平均から言うと、一体どれほど大きいか、削減可能だと言うなら、どういう道筋が考えられるのでしょうか。

 杉山 削減可能だと言っている方たちはいます。そういうモデル計算もありまして、IPCCの報告書にも載っています。


電力中央研究所社会経済研究所上席研究員、杉山大志氏 ただ、もちろん前提がたくさんあって、IPCCは「技術的に可能です」という言い方をしています。技術的には何でも可能なのです。例えば、電力を全部、原子力発電でまかなって、クルマは全部電気自動車にすればいいのですから。

 「技術的に可能」ということの裏返しは、「政治的、経済的には、また別の話」ということです。IPCCの中でも色々なシナリオがレビューされています。

 例えばCCS(二酸化炭素貯留)という技術があります。発電所などから出てくるCO2を地中に押し込める。これを世界中の火力発電所でやろうとすれば「うちのところでは埋めるな」とか、「埋めるための金は誰が払うんだ」という話になる。

 中には、2050年に世界全体で8割減なんて、非常に低い排出量になるのもシナリオもあります。ただその前提条件のところをよく見てみると、相当難しいということが分かるわけです。


2100年のCO2排出量削減を語るのはほとんど“SFの世界”

 だから、2050年や2100年になったら、特に2100年はほとんど“SFの世界”ですね。何だって言えてしまう。その点、2020年の話はずっと具体的です。今、見えている技術でシナリオを書かざるを得ない。となると、25%削減は、私の理解では非常に厳しいです。

 先ほど前田さんがおっしゃったようなすばらしいアイデアはあります。太陽電池はものすごくコストがかかる。1キロワット時の発電コストが普通の発電所で6円くらいで済むところが、太陽だと47円から百数十円。そんなことよりは、住宅の断熱などやれることをやったほうが良い。省エネルギーのほうがずっと効果が上がるものは多い。

 ただ私から申し上げたいのは、結果がどうなるかというのは、一生懸命にやってみなければ分からない部分がある。できなかったらペナルティを払うとか、失政扱いされるということになるのは、あまり良くないのではないかと思います。

 ―― 産業界から坂根さんのご意見はいかがでしょう。これはもろに色々な影響が出てくるわけですよね。

 坂根 国際的な目標作りはトップダウンで政治的アプローチになっています。もうそれしか方法はないんだと思うんですね。交渉する人は政治家か官僚ですから。

 ですが、実際に本当に、真面目に世界のCO2を削減しようとした場合、どんな行動を起こさなければいけないかは明らかでしょう。


セクター別アプローチで世界を引っ張ってきたが…


日本経団連環境安全委員会委員長(コマツ会長)、坂根正弘氏 坂根 世界中の業界が全部情報開示をして、建設機械業界の中でコマツが1番でなかったら、勝っているところにアイデアを教えてくれ、と行きますね。「効率でベンチマークをして、何年で世界最高水準にするか」を考える。各国が謙虚にそれをやったら、多分世界のCO2はあっという間に削減されるでしょう。それしか方法がないはずなんです。

 ですけど、国際目標作りは上から来る。本当は各産業ごとに、1番進んでいるモデルを出して、「ここまでは行けるはず」「情報開示しようじゃないか」というような国際の枠組み作りができればベストなんですが、難しいことなんでしょうね。

 ある時期まで日本がそういう「セクター別アプローチ」で、真面目に効率の良い目標作りをしようと世界を引っ張ってきました。しかし、ここに来て、またトップダウンに完全に移っちゃっているのは、私は非常に気になるところであります。

 ―― 前田さん。麻生さんのときには「日本だけが損をするようなことは絶対にしない」という国民向けのメッセージがありました。そのための仕組みを作るべきだと思います。何故ならば、坂根さんがおっしゃるように、日本は恐らくどの分野でも世界のトップ水準に到達した国だからです。
 民主党は「日本が損をしない仕組み作り」をやっているのでしょうか。私が聞いたところ、25%の案を発表する前に、党内で「40%で行こう」という声もあったと聞きますが、それは事実でしょうか。

前田 40%は聞きませんでしたね。

 あと、ご心配は多々あるでしょうが、鳩山さんは「測定可能、報告可能、検証可能な形での、国際的な認識を得るためのルール作りが求められます」と明言しています。それから知的財産権の保護ということもきっちりと指摘しております。そういう方針を基に、どう組み立てていくかということになります。

 ―― 具体案が出ていないので論評が難しいのですが、民主党は削減コストがざっとどれくらいになると考えているのでしょうか。麻生さんは62兆円というのを出していましたけれど。


民主党参議院議員前田武志氏 前田 率直に申し上げますと、組閣をするまでは、私どもは政府に対するアクセスというのは一切なかった。

 要するに官僚からデータを取るとか、そして政府系研究所などの蓄積や知能を使って民主党の方向性を検討してもらうことが一切できなかったんですね。国会議員が自らデータを集め、そして勉強するしかなかった。

 そういう意味で、民主党は今までの自民党政権とは全く違う政治をやっていた。もう年間に何十本という議員立法を出した。今まで官僚任せだったのを具体的に議論している。しかし、細かい具体的なデータというのは全くありません。

 中期目標を出す基礎になったデータはあります。私も随分、読みかえしているんですが、36万円なんていうのもここに書いてあるのです。これは2020年で25%という削減をやると、1人当たり負担が36万円になると。


国土の54%「過疎地域」の自然エネルギーを活用

 リフォームと言うと印象が悪いのですが、マイホームの価値を徹底的に上げる政策としてやります。そうすると地方の経済が、持続的に上がっていく。

 製材工場の屋根には太陽光パネルが張ってある。製品は耐震・省エネ・断熱に使い、役に立たない半分はバイオマス発電に使う。そういうイメージで色々なことを、専門家に聞きながらやってきたわけです。

 面積にして日本の54%が、過疎法という法律で定めらる過疎地域なんですね。ここに自然エネルギーというのが広く薄く、分布している。

 太陽光や風力、森林バイオマス、小水力、畜産バイオマス――。これは今、日本で使われておりません。欧米はどんどんやっていたのですが、日本はその政策に重きを置かなかった。

 私どもは、いわば自然の源流であり、そして文化の源流であり、自然エネルギーが広く薄く分布している過疎地域だけでも、固定価格買取制度で自然エネルギー利用を徹底的にやる。それだけでもエネルギーの生産側のほうでは、CO2削減につながるわけです。そんな議論をあらゆる分野ごとにやってきました。

 ―― 地方を活性化させて自然を守り、CO2を減らす試みは是非やってほしいですが、それでも25%、30%というのは難しいのではないですか。そもそもなぜ90年比になったのか。そこのところを教えていただきたいのです。
 京都議定書と同じ90年を基準にすると日本にとって大変不利になります。日本がはめられたと言う人もいる。米国が「2005年」を言い始めたときから、これに乗るべきだと考えたのですが、鳩山さんになってなぜかまた後戻りしてしまった。非常に不可解ですね。そこをちょっとお教えいただけますか。


基準年を変える切実感はなかった

 前田 これはまた非常に難しい話です。逆に言うと、我々が政権にいたわけではなかったので、あくまでも京都議定書が出発点だったんですね。だから「90年比」で議論をしてきました。

政権を持つ前の民主党とすれば、あえて基準年を2000年なり2005年に変えるだけの切実感というか、そういったものはなかったんです。これは基準年の話だから、いくらでも変換は可能。自分たちはずっと「ポスト京都議定書」と言ってきたのだから、そこは潔く、ということです。

 ポスト京都議定書になって急に「2000年比」「2005年比」となると、それだけで説明が難しくなるのではないかと考え、「90年比」を踏襲したという面もあります。

 ―― では今の段階で、90年という基準年がどれだけ日本にとって不利か、民主党は理解しておられるのでしょうか。そうであるならば、基準年を改める準備や気持ちはあるのでしょうか。

 前田 EUなどの「ズブズブの雑巾」がある程度絞られた年を基準年にしろという議論はありました。しかし、いくらでも(数値の)変換はできるわけですから、見せかけよりも、実質的なところで勝負していく以外にないのではないかということで90年にしました。

 12月のCOP15でも基準年を含めて、色々な国際交渉が出てくると思います。特に、真水以外の問題、CDMなどもそうですね。


後追いで尻を叩かれるくらいなら積極的に出た方がいい

 前田 経団連の方々も来られて「この排出権取引というのは虚しい思いをするんだ」と言っておられました。私もよく分かるのです。

 しかし、EUなんかを中心に、米国もそれに乗って、ポスト京都議定書でニューバージョンのCDMみたいなものを動かしている。排出権取引の主導権を握っていこうとしているのです。

 そんな時に、日本が後追いになって、デファクト・スタンダードを作られて、尻を叩かれるようなことになるくらいなら、積極的に出た方がいい。

 中国やインドを巻き込み、官民が協力し合ってのファイナンスであるとか、日本の先端的な省エネ技術やシステムを入れていく。そういう分野は大きく広がるのだから、そこに踏み込んでいこうということもありました。

 ―― 産業界としては、これは死活的問題になります。民主党が「日本が率先垂範して引っ張っていこう」という姿勢を見せる一方で、新日鉄の三村(明夫・会長)さんなどは、「もう工場閉鎖も考えなければならない」という発言までしています。実際に、どのようにこの問題に対処できるのでしょうか。

 坂根 まず、産業界を生産活動だけで見ない方が国益にかなうということ。素材産業がお金をたくさん使ってCO2を減らしても、例えば、鉄を買ってもらう時の価格に反映できません。コマツだって「そんなに高いなら中国から買うよ」となります。

 素材をどう扱うかは非常に大事な問題だと思います。現に欧州は素材を特別扱いしています。ここをよく考えなければならない。


少ないお金でアジアに貢献できるテーマがいっぱいある

 COP15の12月までもう時間がないので、もう、私は絞って言います。

 世界のCO2排出量の4%しか占めていない日本が、25〜30%削減しても世界の1〜1.2%にしかなりません。一方、合わせて世界の40%を排出する米国と中国で25%削減したら、全体の10%を減らせる。

 だからどう考えても、日本は、同じお金を使うならば、周辺のアジアを取り込んで、そこに貢献する方が早いし、成果が出るわけです。

 例えばコマツは自分でお金を出してこんなことをやっています。インドネシアの石炭鉱山で動いている1000台のダンプトラック用のバイオ燃料を作る。食糧にはならないジャトロファという木から作ります。

 この1000台にバイオ燃料を提供するだけで、日本の全工場で発生させている年間30万トンのCO2が解消できます。それにかかるお金は2億円くらいです。

 このように、少ないお金でアジアに貢献できるテーマがいっぱいあるわけです。しかも、それがビジネスになる可能性がある。これを頭に置きながら、国益を失わないという視点で交渉する段階に、もう来ているのではないかと私は思います。


舞台から下りたら弾き出されるだけ

 ―― CO2をある一定量減らすのにどのくらいのコストがかかるのか。これを「限界削減コスト」と言い、当然、進んでいる国ほど、高くなります。だから日本で1トンのCO2を減らすコストを1とすると、米国ならその10分の1から10分の2、EUは日本の約3分の1になる現実があります。坂根さんは、ただでさえレベルが高い日本の省エネ技術をさらに高めるより、そのお金をアジアに持っていった方が効果が大きいとおっしゃってます。
 ただ、民主党の戦略に則って国民の経済生活を考えると大変深刻な事態になります。日本が真っ正面からこの問題に取り組めば、日本の工場がいくつも閉鎖されかねず、失業率も高まりかねない。その辺の見通しはいかがですか。
前田 環境大臣にしていただいたような感じになってまいりましたが…。

 今のご指摘については、坂根さんのおっしゃった通りのイメージを描いています。「25%削減」のうち、半分なのか、3分の1なのか、3分の2なのか、が一種の排出権になります。ニューバージョンのCDMみたいな形にしていかなければいけませんよね。

 実は、日本の国は色々なところに随分とお金を出しています。環境関係でも国連開発計画(UNDP)、国連環境計画(UNEP)、ファンドなんかもあります。

 それを動かしているのが国際的なシンジケートみたいな形でやっている国際環境議員連盟の議員などです。このままいけば、ある意味、いいようにやられるという面もあります。

 日本が25%減らしても、世界の1%に過ぎず、大きな影響を与えないことは、もう重々承知の上なのです。しかし、この舞台から下りてしまったら、日本はただ弾き出されるだけです。


成果を上げたパッケージをアジアに持っていく

 坂根さんが言っておられるようなアジアでの日本の貢献というのが、世界で認められた制度の中で、存在感を発揮していく。

 そこに日本の商社やメーカーなど民間の資金を入れてオーガナイズしていくと、日本のチャンスはものすごくある。この温暖化対策は厳しいけれど、そこを乗り越えればヘゲモニー(主導権)を握れるのじゃないかと言っています。

 鳩山政権がこれだけの国際約束をしてしまったから、国内の産業政策や、中小企業政策、地域政策などが「25%削減」を前提にどんどん動いている。あるレベル以上の成果を上げた技術のパッケージは、アジアにどんどん持って行けるようにしたいと思っています。

 ―― 坂根さん、日本の進んだ技術をアジアに提供する場合、それは技術を適正な値段で売るということでしょうか。それとも、日本が提供した技術で実現したCO2の削減分を日本の排出権に充てるということでしょうか。

 坂根 先ほどのインドネシアの例を詳しく話します。鉱山から石炭を掘り出すと穴ぼこができる。米国には、土を戻してそこに植林をしなさいという規制があるのですが、アジアはまだそこまで徹底されていない。

 ならば社会貢献として、木を植えようと思いました。どうせ植えるのならバイオ燃料になるものにして、すぐそばに燃料プラントも作ったということです。1億〜2億円ですから、これは自分たちのお金でやっています。規模を広げるともっとたくさんCO2を削減できます。

 そうなると、やはり「海外クレジット」を認めてもらって、コマツが日本の工場で出しているCO2の排出量を削減した扱いになる仕組みでないと、励みにならないですよね。

 ですが、繰り返しになりますが、素材関係の会社はそれができず、日本から逃げ出すこととイコールになる面があります。だから産業の空洞化につながりかねない。ここはやはり国益のために何か考えないと、日本そのものが衰退するのじゃないかと思います。


「税金を一部の産業の支援に使うのはいかがなものか」

 ―― どのような手を打つことができるのでしょうか。

 坂根 そんなに正確に把握していませんが、欧州は環境税や炭素税に相当する税金の一部を素材産業への補助金のような形で使っている部分があるんです。これは国際交易上も許されています。

 しかし、「税金を一部の産業の支援に使うのはいかがなものか」という議論が日本にあり、スキームを国民に理解してもらうのは難しい。いずれにしても素材分野は、産業というひとくくりの中で論じるべき問題ではない。

 電力は、各地に電力会社があって、ある意味では保護されていますから、これが海外流出することはありません。ですが、そのコストが高くなれば素材が高くなるわけですから、何らかのスキームで抑える必要がある。

 ただし、それが国際競争力に大きな影響を与えるようだと、中国あたりからクレームがつくでしょう。どんなアイデアが良いのか、私も思いつきませんが、いずれにしても特別な扱いをする必要があることだけ、今日は申し上げておきたいと思います。


二重課税解消で1兆円余りを「環境税」に

 前田 これはクレジットを付けることになるはずです。どういうシステムが良いか、世界共通のルールを作らねばならないのですが、そこが大きな課題となっていますね。その点では「25%削減」のメッセージを世界に発したことを強みとして交渉していかねばならない。

 排出権なのか、税金なのかは、先ほどの限界削減コストを基に多分、経済の専門家が設計を考えてくれると思います。

 既に藤井裕久財務相が例の暫定税率について言及しています。二重課税は取り払わなければならならず、その分が1兆3000億〜1兆4000億円くらいある。国民の理解を得た上で、こういったものを環境税として導入することはできる。

その用途は国民的議論によって決めなければなりませんが、当然、坂根さんや櫻井さんが指摘されたような用途に向けられるのでしょう。それが低炭素化社会を作っていくことにもなると思います。

 杉山 あまり国内で報じられていないのですが、米オバマ政権が出している提案があって、COP15でさらに具体的な形で出てくると見られています。これは京都議定書とは違ったアプローチを取っています。

 色々な分野で、各国の努力や政策措置、具体的に何をやっているかを見比べていくというもので、先ほど坂根さんのおっしゃっていたやり方に、考え方としてはすごく近いのです。

 それだと「これだけこの部門が省エネをやっているのだから、おたくもやって下さい」という議論もできるようになる。米国が言っていることですから、そのうち世界共通ルールになるかもしれないと思っています。

 その方が、「日本はやるけれどほかの国はやらない」となりかねない排出枠方式よりいいかもしれない。そんな議論がありますので、みなさんも注目しておいてください。


トレンドとしてCO2が減り続けている国はない

 杉山 もう1つ。25%という数字にしろ何にしろ、政治ですから、何か高い目標を掲げて頑張るという姿が、あって良いのだと私は思います。

 それから数字の位置づけですね、それが努力目標なのか、絶対に守らない限り、工場を畳んででも、排出権を買ってでも達成すべき絶対の目標なのか、というニュアンスですね。法律的な位置づけもよく考えなければいけないと思います。

 あと、2002年から後の世界中の国のCO2の量を調べたのですけれども、エネルギーからのCO2が減った国というのは皆無です。たまたま、前の年に比べれて減ったとかいうケースはあるのですが、トレンドとして減り続けている国というのはないんですね。

 1990年を基準にすると、欧州で減っている国がある。それは東ドイツで工場が潰れたりしているからです。しかし、2002年の後を見ると、皆、増えています。そのくらいエネルギーからのCO2を削減することは難しい。

 産業はギリギリの省エネルギーに取り組んでいるし、照明とかも効率が良いものに置き換わっています。冷蔵庫もエアコンでもそういう話がいくらでもある。それでも総量としては減らなかった。豊かになればCO2の発生は増える。

 25%減らすのは、今まで、どの国も成功したことがないという認識は共有しないといけません。では、どうしましょう。排出権を何千億円も出して買ってきます。ひょっとしたら何兆円になるかもしれない。そういう状態であることを知っておくことが大事です。

 ―― 今日は大変深く関わってこられたお立場から前田さんにお話をうかがいました。そして分かったことは、ちょっと言いにくいのですけれども、民主党はほとんど具体的政策を精査することなしに、国際社会にいきなり公約をしてしまった。私たちはその数字に、今、直面をさせられているということです。

 日本は何とか国益を損なわない形で、できればこれを日本の躍進につなげる形で、取り組んでいかなければならないわけです。それには相当の知恵と技術と国際政治力が要るということはお分かりいただけたと思います。

 世界で一番進んだ日本の省エネ技術がほかの国に流れていくとしたら、日本はもっと制度設計にも入り込まなければなりません。例えば、2020年までの目標値は、今ある技術でしか実現できない。ならば、次世代技術を勘案すれば2025年とか2030年にしようと提案することも、日本の立場としてはできるのではないかと、私などは思ったりします。

 今日はどうもありがとうございました。

■変更履歴
3ページ、3つ目の小見出しの下「10分の1〜10分の2」は「その10分の1から10分の2」でした。お詫びして訂正します。本文は修正済みです [2009/11/25 10:55]
■お断り
政府が10月27日開いた温室効果ガス排出量を削減するための検討チームの会合で「2020年までに1990年比で25%削減するために必要な1世帯当たりの負担額」は年36万円でなく22万円であるとの見解が出されました。この記事のシンポジウムはそれ以前に開催されたため、文中の数値は36万円のままになっています。[2009/11/26 12:05]