「世にも恐ろしいことを」

nyankosensee2006-01-13

   
僕はベストセラー嫌いなので、この藤原さんが『国家の品格』を書いた人であると後で気づいた。彼は女系反対論者だったんだな。
しかし、『国家の品格』を買った(2ヶ月で)20万人以上の人達は「そうよ。伝統は大事にしなきゃねえ。」と言いながら、「男女同権なんだから女系天皇だっていいじゃないの。」とか思っているんだろうなあ。
ところで藤原さんの論で気になったのは「Y染色体を守れ」ということを前面に出していることだ。これは倒錯だ。天皇というのは神武天皇から万世一系であることが本質で、たまたまそれが「Y染色体が保持されていること」を結果しているにすぎない。逆ではないのだ。
ついでに言えば「なんで父系で血が繋がっていることをもって万世一系とするのか?」という疑問への答えは「わからない」のだ。「伝統とは起源の忘却」なのである。
    

皇室典範に関する有識者会議」が女性・女系天皇を容認する意向、との記事が新聞の一面を飾った。第一印象は「世にも恐ろしいことを」だった。新聞を見てこんな感覚をもったことはこれまでに数えるほどしかない。
神武天皇以来、百二十五代にわたり連綿と維持されたきた万世一系が、自分の生きる時代で廃棄されるかもしれない。頭がくらくらした。
万世一系とは、神武天皇以来、男系天皇のみを擁立してきたという意味である。男系天皇とは、父親→父親→父親→とたどると必ず神武天皇にたどりつくという意味である。
女性天皇にも過去に十代八人いたが、すべて男系男子が成長するまでのピンチヒッターであった。八人は生涯独身、あるいは前天皇や皇太子の寡婦であった。即位後に男系でない者と結婚してその子が皇位につくということはなかった。女系に移ってしまうからである。
男系にこだわるため、天皇と次の天皇とが十親等も離れることさえあった。これほどまでして万世一系を死守してきたからこそ、正統性が保たれ王朝が維持されたのである。それゆえに天皇は今、世界唯一の皇帝として一目置かれ、王や大統領とは別格のものと見なされているのである。
万世一系を維持すべき理由は唯一つしかない。それが、世界の奇跡とも言うべき、古い伝統だからである。これを変更する権限は誰にもない。十人の非専門家の集まりである有識者会議にはもちろん、国会にも、小泉首相にもない。当事者である天皇にもない。主権者たる国民にもない。
首相の私的諮問機関である有識者会議などは、伝統を変えるか否かを議論することさえおこがましい。伝統とはかくも重いものである。素人集団が二千年近く続いた伝統の改廃を云々する、という無節操無神経には呆れ果てるしかない。
そもそもそれほど急ぐ理由は何一つない。皇太子殿下も秋篠宮殿下もまだ若くていらっしゃる。もし議論をするとしたら、万世一系を永遠に守るためには、どんな方策が適切か、どんな基盤整備が必要か、ということである。
つまり常染色体では男女引き分けだが、性染色体では初めから勝負は明らかである。
かかる意味からも、何代遠縁であろうと臣籍降下された旧皇族男系の血は確実に相当に濃いのであり、皇統維持のために皇族への復帰は、遺伝学上からも積極推進すべきことである。
以上について「女帝容認論者」はどこまで考えているのか。皇室の人気も高い我が国ではあっても、一部には皇室の解体・廃絶を本音とする人達がいる。
繰り返すが、女帝(女系)を認めることは、二千年の歴史を持ったY染色体及びその上の遺伝子情報を縁も所縁もない別のY染色体に変えてしまうことである。
そうなれば、そのような人達は「皇統は断絶した、最早、皇室を尊崇すべき理由はない」として一気に廃絶論を振りかざすようになると予想される。
困ったことに、従来からの保守の中にも安易に天皇候補者を増やす目的で女帝容認を説く人達がいるが、これこそ皇室解体論者の思う壺であり、皇室の継続という本来の意図に反する危険を招くことを自覚して頂きたい。
(以下略)

『諸君』2006年1月号
女系容認・長子優先は皇統断絶への一里塚?
有識者会議の答申は、二千年続く日本の皇室伝統を破壊するのか、守ることになるのか
■世にも恐ろしいことを 藤原正彦お茶の水女子大学教授)