山崎元のマルチスコープ
【第198回】 2011年9月14日 山崎 元
メディアに刺された鉢呂前経産相。後任の枝野氏は適任か?
http://diamond.jp/articles/-/14014
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その場で抗議も注意もせずに、時間が経ってから大問題だったと記事にするという行為は、通常の人間関係なら「卑怯」と言われかねず、他社の記者も含めて心情的に抵抗があろうかと推察するが、サラリーマン且つ記者というのは難儀な仕事だ。
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 今回の問題は、問題の性質を考えると、何新聞の記者に対して鉢呂氏がどう言って何をしたのかに関して、もっと具体的に伝えるべきだったと思う。朝日新聞の記事を見ると(経産相担当とみられる記者5、6人が半円形に鉢呂氏を囲み、朝日とNHK政治記者がその後取材に加わったという)、その場に記者がいないメディアも後日報じているのではないかと思われるが、せめて、取材ソースを明確にすべきだろう。

 尚、鉢呂氏の辞任会見の場では、社名も氏名も名乗らずに、一部は鉢呂氏が発言中であるにもかかわらず、これを遮って乱暴な言葉を浴びせる記者がいて(「自分でちゃんと説明しなさいよ。最後くらい」、「説明しろって言ってるんだよ」等)、別の記者にたしなめられる場面があった。近年の政治報道の現場のレベルを窺わせるものとして象徴的だった。

 政治家の側でも、メディアを自分に都合よく使おうとすることがあるから両者の関係は微妙だが、要職にある政治家は、今後、囲み取材やオフレコの懇談会に応じる必要はないと筆者は考える。政治家の発言は「全て公式発言」でいい。

 これは政治家の側の自主規制として、直ちにやって貰って構わない。結果として、政治家本人の発言として信頼に足る公式発言の量が増えるのではないか。政治家は「自分の発言、行動は、全てテレビカメラに写っている」と思って行動してくれればいいのだから簡単だ。

 情報源も分からず、従って発言の真偽を判断する手掛かりもないような「政局記事」を読んでも、読者は得るものがないから、囲み・オフレコ廃止によって読者の側で失うものは殆ど何もない。

 その代わり、記者会見は、記者クラブのメディア以外にも解放して、頻繁且つ丁寧に行うべきだ。ネットの環境を考えると、全ての公式発言を正確に報じ、かつ保存する条件は十分整っている。もちろんジャーナリストは、独自に取材を行えばいいし、その結果を発信してくれればいい。総合的に見て、国民が得られる情報の質は大幅に改善するだろう。
 
 鉢呂前経産相が、いわば「メディアに刺された」形で辞任に至ったことに関して、一つの大きな疑念が残った。それは、鉢呂氏が、メディアと近い何らかの勢力に嫌われてはじめから狙われていたか、あるいは、ボロを出した時に、この利害が背景となって強く攻撃されたのではないか、という可能性が否定できなかったのだ。もちろん、推測だけでこうした背景があったと断じるわけにはいかない。

 但し、鉢呂氏が経産相に就任後、「原発は将来ゼロになる」と原発の縮小を急ぐ姿勢を明確にしていたことを考え、原発を推進ないしは維持することに利益のある人々の経済的利害を考えると、「鉢呂(氏)を早く降ろせ」という意志の働きと影響があった「可能性」は否定できない。

 ここで、後任の経産大臣として誰を任命するかによって、こうした意図が働いていたかどうかについて、「ある程度」推測が深められるかも知れない、というわけで後任人事には大いに注目していた。

 後任の経産大臣は、枝野幸男官房長官に決まった。しかし、残念ながら、この人事が良いとは思えない。
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そしてアンケート。
マスゴミ=宣伝省がどんどん自滅していく。
よいことだ。