“フクシマ”原発事故後、本当にプレゼンスを上げる国はどこか

2011年5月6日(金)
“フクシマ”原発事故後、本当にプレゼンスを上げる国はどこか
石井 彰
http://business.nikkeibp.co.jp/article/money/20110428/219684/
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ドイツの反原発運動の盛り上がりは、単に自国の原発に対してだけ向けられているだけでなく、当然フランスの原発政策に対する批判も込められている。放射能汚染に国境など全く存在しない。

 ただでさえ、金融危機、ユーロ危機で加盟国間にきしみが出得ているEUにとって、独・仏間に緊張が高まれば、EUやユーロの将来に大きな暗雲が垂れこめる。それに、原発の輸出市場におけるフランスの優位性も、シニカルな見方をすれば、フランス製の原発が重大事故を起こすまでの「100日天下」なのかもしれない。その場合、フランスが受ける経済上、政治上のダメージは、日本の比ではないだろう。


電気自動車と中東の利害得失

 端的に言って、今回のフクシマ事故は、電気自動車にとっては大きな逆風になるだろう。電気自動車のビジネスモデル、特に日本のそれは、24時間経常運転されるために、電力需要が大きく下がる深夜に過剰発電となる原子力発電所の、深夜余剰電力を利用して充電し、朝からの利用に備えるというものであった。
(略)
 ドイツやフランス、イタリアの電力・ガス会社は、冬のガス需要ピークが終了する春を待って、強力な値下げ圧力をロシアに対してかけようと手ぐすねを引いていたところに、突然フクシマ原発事故が発生した。これによって、攻守の立場が突然逆転。今度は、EU主要国側の交渉上の立場が弱まり、大きな値下げは実現しなくなる可能性が高くなった。3.11の直後に、プーチン大統領が日本の救援のため、天然ガスを欧州からスワップしてLNGを緊急に増量輸出すると発表した。これは純粋の善意として大いに感謝しなければならないが、同時にロシアの商売上の利害も反映している。

 カタールについても、ロシアとほとんど同じ状況だ。世界的に、退場する原発に代替するのは、大半が天然ガスLNGになることは間違いないので、アジア太平洋地域では、近年、天然ガス資源量が爆発的に増大して、新規のLNG輸出案件が雨後のタケノコのよう出現しているオーストラリアの存在感が急速に増大することになる。既に様々な資源の輸出国として、近年オーストラリアは存在感を高めていたが、今回の事故で、将来のLNG市場において、石油市場におけるサウジアラビアのような盟主的存在になることが、ほぼ確実になってきた。

 中国、米国も、国内のシェールガス資源量が極めて大きいことが、つい最近判明してきた。天然ガス自給率が大きく向上し、原子力に頼る必要性が大きく減じてきている。米国などは、むしろ天然ガス輸出国になろうとしている。これによって、これまで徐々に低下してきた米国の国際的プレゼンスは、むしろ今後反転して向上する可能性すら出てきた。また、中国が過度な石炭依存から、シェールガスを中心とした自国産天然ガス依存に長期的にシフトしていけば、地球環境問題の軽減も幾分か実現しやすくなるだろうし、国外エネルギーの爆食による国際政治上の摩擦も幾分か軽減されてくるだろう。
 
 まず、集中型の大型発電設備では、世界的に、発電効率が低くCO2を大量に排出する通常型の石炭火力発電所が、発電効率において5割方良く、CO2排出を6割以上も減少させる天然ガスのコンバインド・サイクル発電所に、どんどんリプレースされることになる。コンバインド・サイクル発電とは、ジェットエンジンとほぼ同じガス・タービンで1回発電機を回して発電した後、まだ排気がセ氏600度程度と非常に高温なので、これで 再びスチーム・ボイラを熱してスチーム・タービンでもう1回発電する方式であり、近年の天然ガス発電所は、ほとんどこの方式である。

 その世界最高水準の機器を製造しているのは、三菱重工東芝などの日本の重電メーカーである。これら重電メーカーは原子炉メーカーでもあり、今後、原子力ビジネスで失うであろう失地を、コンバインド・サイクル発電機の増産で埋め合わせることになるだろう。
 
 また、分散型発電では、主として天然ガスを燃料とした燃料電池利用の小型・中型コジェネレーション・システムが普及することになるだろう。これは出力調整の機動性が高く、太陽光発電風力発電など、不安定性の高い再生可能エネルギーのバックアップとして、蓄電池よりもずっと経済的、合理的であり、これと組み合わせない限り、再生可能エネルギーの本格的普及は望めないだろう。
 
 この小型・中型の燃料電池コジェネレーション・システムは、パナソニック等の日本の電機メーカーが世界最高水準の技術を持っている。量産品的な様相の強い太陽光パネルなどは、製造コストの高い日本などの先進国メーカーよりも、中国などのメーカーの方が遥かに強い競争力を持っており、現にドイツや米国では、国内メーカーは、ここ1、2年で中国からの輸入品に大きく敗退した。これに対して、燃料電池の分散型コジェネレーション・システムは、複雑な統合技術であり、また需要先の個々の事情に応じて、機器の組み合わせをきめ細かく対応する必要があり、日本企業の強みが発揮されやすい。日本の原子力システムの輸出戦略が水泡に帰した以上、新たな戦略輸出商品として育て上げる余地が十分にあるだろう。
 
 一方、天然ガスの生産・輸送に関しては、LNG生産設備のエンジニアリングに強い国際競争力を持っている千代田化工日揮等の日本のエンジニアリング会社に大きな追い風であり、また国際石油開発帝石三菱商事など、自ら操業者として新規のLNG事業の立ち上げを行おうとしている日本の資源上流会社にも、追い風となる。