やっと出てきたサヨクによる佐藤優批判

   

    
いつ佐藤優バッシングが始まるかと待っていたのに、結局敏感サラリーマンの悲鳴しか上がらなかった。。
この金光翔ってひとも「朝鮮民族主義者左派」(wiki)らしい。生姜先生と同じだ。
結局思想としてのサヨクは崩壊して、朝鮮民族主義の亜種としての「サヨク」だけが残ったと。(^_^;)
       

● 佐藤優批判論文の筆者は「岩波書店」社員だった
[週刊新潮2007年12月6日号]
 あるミニコミ誌に掲載された「<佐藤優現象>批判」なる論文が波紋を呼んでいる。何しろ筆者は、当の佐藤優氏(起訴休職外務事務官)が月刊誌『世界』でかつて連載を持ち、著書も出版している岩波書店の社員だったのだから。

 佐藤氏が鈴木宗男スキャンダルの一審判決を機に執筆活動を始めたのは2年前のこと。瞬く間に論壇の寵児となり、今では左右の枠を超え、雑誌だけで月30本もの原稿を抱える超売れっ子作家である。
 問題の論文は、11月10日発行の隔月誌『IMPACTION』に掲載された。1979年に創刊された同誌は、かつては塩見孝也・元赤軍派議長などが登場し、現在でも護憲や死刑廃止を訴える筋金入りの“左派”雑誌だ。
 著者は金光翔(キムガンサン)氏。35ページの長きにわたる論文を簡単にまとめると、筆者は、佐藤氏を「排外主義者」「最も『右』に位置する論客」とした上で、
<佐藤による、右派メディアでの排外主義の主張の展開が、リベラル・左派によって黙認されることによって成り立つ佐藤の「論壇」の席巻ぶり>
 を「佐藤優現象」と名付ける。そして、
<(佐藤氏は)「右」の雑誌では本音を明け透けに語り、「左」の雑誌では強調点をずらすなどして掲載されるよう小細工している>
 と腐し、
改憲と戦争国家体制を拒否したい人間は、(中略)「佐藤優現象」及び同質の現象を煽るメディア・知識人等を徹底的に批判すべきである>
 と結んでいるのだ。
 金氏は論壇で全く無名の存在。プロフィールには「1976年生まれ。会社員。韓国国籍の在日朝鮮人3世」としか記されていない。が、それもそのはず。彼には自らの経歴を明かせない“事情”があったのだ。

「金さんは、実は現役の岩波書店の社員なのです」
 と明かすのは岩波関係者。
「中途で入社し、宣伝部を経て『世界』編集部に配属されました。当初は通名でしたが、何時の間にか韓国名を名乗るようになった。そして“反総連の記事はけしからん!”“なぜ佐藤を連載に使うのか!”などと抗議をしたり、匿名で始めたブログで佐藤氏やジャーナリストの斎藤貴男氏など、社と関係の深い作家の批判を繰り返すようになった。編集長も持て余し、校正部に異動させたのです」
 しかしその甲斐もなく、彼は他のメディアで自社が発行する雑誌の批判までぶちまけてしまったのだ。
「金さんの件は、社内で大問題になっています。佐藤氏の著書『獄中記』はベストセラーになり、版を重ねている。ヘソを曲げられては困りますし、おまけに論文では、彼の上司も実名を挙げられ、批判されている。しかも、社外秘のはずの組合報まで引用されているのですから、目も当てられません」(同)

 当の岩波書店は、
「現在、調査中なのでお答えできません」
 と語るのみだが、佐藤氏は呆れて言う。
「私が言ってもいないことを、さも私の主張のように書くなど滅茶苦茶な内容です。言論を超えた私個人への攻撃であり、絶対に許せません。そして、『IMPACTION』のみならず、岩波にも責任があります。社外秘の文書がこんなに簡単に漏れてしまう所とは安心して仕事が出来ない。今後の対応によっては、訴訟に出ることも辞しません」
 当代一の論客と言われる佐藤氏を激怒させてしまった岩波。これでは名門出版社の名が泣く。

        

20080127
「<佐藤優現象>批判」
(※『インパクション』掲載時の傍線は下線に、傍点は太字に、それぞれ改めている。)
金光翔(キム・ガンサン)一九七六年生まれ。会社員。韓国国籍の在日朝鮮人三世。gskim2000@gmail.com
http://gskim.blog102.fc2.com/

1.はじめに

 このところ、佐藤優という人物が「論壇」を席巻しており、リベラル・左派系の雑誌から右派メディアにまで登場している。
 だが、「論壇の寵児」たる佐藤は、右派メディアで排外主義そのものの主張を撒き散らしている。奇妙なのは、リベラル・左派メディアが、こうした佐藤の振舞いを不問に付し、佐藤を重用し続けていることにある。
 佐藤による、右派メディアでの排外主義の主張の展開が、リベラル・左派によって黙認されることによって成り立つ佐藤の「論壇」の席巻ぶりを、以下、便宜上、〈佐藤優現象〉と呼ぶ。この現象の意味を考える手がかりとして、まずは、佐藤による「論壇」の席巻を手放しに礼賛する立場の記述の検討からはじめよう。例えば、『世界』の編集者として佐藤を「論壇」に引き入れ、佐藤の著書『獄中記』(岩波書店、二〇〇六年一二月)を企画・編集した馬場公彦(岩波書店)は、次のように述べる。
 「今や論壇を席巻する勢いの佐藤さんは、アシスタントをおかず月産五百枚という。左右両翼の雑誌に寄稿しながら、雑誌の傾向や読者層に応じて主題や文体を書き分け、しかも立論は一貫していてぶれていない。」「彼の言動に共鳴する特定の編集者と密接な関係を構築し、硬直した左右の二項対立図式を打破し、各誌ごとに異なったアプローチで共通の解につなげていく。」「現状が佐藤さんの見立て通りに進み、他社の編集者と意見交換するなかで、佐藤さんへの信頼感が育まれる。こうして出版社のカラーや論壇の左右を超えて小さなリスクの共同体が生まれ、編集業を通しての現状打破への心意気が育まれる。その種火はジャーナリズムにひろがり、新聞の社会面を中心に、従来型の検察や官邸主導ではない記者独自の調査報道が始まる。」「この四者(注・権力―民衆―メディア―学術)を巻き込んだ佐藤劇場が論壇に新風を吹き込み、化学反応を起こしつつ対抗的世論の公共圏を形成していく。」
 馬場の見解の中で興味深いのは、〈佐藤優現象〉の下で、「硬直した左右の二項対立図式」が打破され、「論壇」が「化学反応」を起こすとしている点である。ある意味で、私もこの認識を共有する。だが、「化学反応」の結果への評価は、馬場と全く異なる。私は、これを、「対抗的世論の公共圏」とやらが形成されるプロセスではなく、改憲後の国家体制に適合的な形に(すなわち、改憲後も生き長らえるように)、リベラル・左派が再編成されていくプロセスであると考える。比喩的に言えば、「戦後民主主義」体制下の護憲派が、イスラエルのリベラルのようなものに変質していくプロセスと言い替えてもよい。
 以下の叙述でも指摘するが、佐藤は対朝鮮民主主義人民共和国(以下、北朝鮮武力行使在日朝鮮人団体への弾圧の必要性を精力的に主張している。安倍政権下の拉致外交キャンペーンや、一連の朝鮮総連弾圧に対して、リベラル・左派から批判や抗議の声はほとんど聞かれなかったのは、「化学反応」の典型的なものである。「戦後民主主義」が、侵略と植民地支配の過去とまともに向き合わず、在日朝鮮人に対してもせいぜい「恩恵」を施す対象としか見てこなかったことの問題性が、極めて露骨に出てきていると言える。嫌韓流〉に対して、リベラル・左派からの反撃が非常に弱いことも、こうした流れの中で考えるべきであろう。
 私は、佐藤優個人は取るにたらない「思想家」だと思うが、佐藤が右派メディアで主張する排外主義を、リベラル・左派が容認・黙認することで成り立つ〈佐藤優現象〉は、現在のジャーナリズム内の護憲派の問題点を端的に示す、極めて重要な、徴候的な現象だと考える。
 馬場は、佐藤が「左右両翼の雑誌に寄稿しながら、雑誌の傾向や読者層に応じて主題や文体を書き分け、しかも立論は一貫していてぶれていない」などと言うが、後に見るように、佐藤は、「右」の雑誌では本音を明け透けに語り、「左」の雑誌では強調点をずらすなどして掲載されるよう小細工しているに過ぎない。いかにも官僚らしい芸当である。佐藤自身は自ら国家主義者であることを誇っており、小谷野敦の言葉を借りれば、「あれ(注・佐藤)で右翼でないなら、日本に右翼なんか一人もいない」。
 佐藤が読者層に応じて使い分けをしているだけであることは誰にでも分かることであるし、事実、ウェブ上でもブログ等でよく指摘されている。そして、小谷野の、この現象が「日本の知識人層の底の浅さが浮き彫りになった」ものという嘲笑も正しい。だが、改憲派の小谷野と違い、改憲を阻止したいと考える者としては、この現象について、佐藤優に熱を上げている護憲派を単に馬鹿にするだけではなく、〈佐藤優現象〉をめぐって、誰にでも浮かぶであろう疑問にまともに答える必要がある。なぜ、『世界』『金曜日』等の護憲派ジャーナリズムや、斎藤貴男魚住昭のような一般的には「左」とされるジャーナリストが、佐藤に入れ込んでいるのか? なぜ、排外主義を煽る当の佐藤が、『世界』『金曜日』や岩波書店朝日新聞の出版物では、排外主義的ナショナリズムの台頭を防がなければならない、などと主張することが許されているのか?
 この〈佐藤優現象〉はなぜ起こっているのか? この現象はどのようなことを意味しているのか? どういう帰結をもたらすのか? 問われるべき問題は何か? こうした問いに答えることが、改憲を阻止したいと考える立場の者にとって、緊急の課題であると思われる。


2.佐藤優の右派メディアでの主張

 まず、佐藤の排外主義的主張のうち、私の目に触れた主なものを挙げ、佐藤の排外主義者としての活躍振りを確認しておこう。

歴史認識について 佐藤は言う。「「北朝鮮が条件を飲まないならば、歴史をよく思いだすことだ。帝国主義化した日本とロシアによる朝鮮半島への影響力を巡る対立が日清戦争日露戦争を引き起こした。もし、日本とロシアが本気になって、悪い目つきで北朝鮮をにらむようになったら、どういう結果になるかわかっているんだろうな」という内容のメッセージを金正日に送るのだ」。朝鮮の植民地化に対する一片の反省もない帝国主義者そのものの発言である。また、アメリカ議会における慰安婦決議の件に関しても、「事実誤認に基づく反日キャンペーンについて、日本政府がき然たる姿勢で反論することは当然のことだ。」と述べている。
 特に、大川周明のテクストと佐藤の解説から成る『日米開戦の真実―大川周明著『米英東亜侵略史』を読み解く』(小学館、二〇〇六年四月)では、極めて露骨に、日本の近現代史に関する自己の歴史認識を開陳する。以下、引用する。佐藤が自説として展開している部分である。
 「日本人は(注・太平洋戦争)開戦時、少なくとも主観的には、中国をアメリカ、イギリスによる植民地化支配から解放したいと考えていた。しかし、後発資本主義国である日本には、帝国主義時代の条件下で、欧米列強の植民地になるか、植民地を獲得し、帝国主義国となって生き残るかの選択肢しかなかった。」(三頁)、「「大東亜共栄圏」は一種の棲み分けの理論である。日本人はアジアの諸民族との共存共栄を真摯に追求した。強いて言えば、現在のEUを先取りするような構想だった。」(四頁)、「あの戦争を避けるためにアメリカと日本が妥協を繰り返せば、結局、日本はアメリカの保護国、準植民地となる運命を免れなかったというのが実態ではないかと筆者は考える。」(六頁)、「日本の武力によって、列強による中国の分裂が阻止されたというのは、日本人の眼からすれば確かに真実である。(中略)中国人の反植民地活動家の眼には、日本も列強とともに中国を分割する帝国主義国の一つと映ったのである。このボタンの掛け違いにイギリス、アメリカはつけ込んだ。日本こそが中国の植民地化と奴隷的支配を目論む悪の帝国であるとの宣伝工作を行い、それが一部の中国の政治家と知的エリートの心を捉えたのである。」(二八一頁)。また、蒋介石政権については、「米英の手先となった傀儡政権」(二五七頁)としている。他方、佐藤は、汪兆銘の南京国民政府は「決して対日協力の傀儡政権ではなかった」(二四九頁)とする。
 右翼たる佐藤の面目躍如たる文章である。ちなみに、こんな大東亜戦争肯定論の焼き直しの本を斎藤貴男は絶賛し、「大川こそあの時代の知の巨人・であったとする形容にも、大川の主張そのものにも、違和感を抱くことができなかった」としている。

北朝鮮外交について 
佐藤は、「拉致問題の解決」を日朝交渉の大前提とし、イスラエルによるレバノン侵略戦争も「拉致問題の解決」として支持している。「イスラエル領内で勤務しているイスラエル人が拉致されたことは、人権侵害であるとともにイスラエルの国権侵害でもある。人権と国権が侵害された事案については、軍事行使も辞せずに対処するというイスラエル政府の方針を筆者は基本的に正しいと考える」。さらに、現在の北朝鮮ミュンヘン会談時のナチス・ドイツに準えた上で、「新帝国主義時代においても日本国家と日本人が生き残っていける状況を作ることだ。帝国主義の選択肢には戦争で問題を解決することも含まれる」としている。当然佐藤にとっては、北朝鮮の「拉致問題の解決」においても、戦争が視野に入っているということだ。『金曜日』での連載においても、オブラートに包んだ形ではあるが、「北朝鮮に対するカードとして、最後には戦争もありうべしということは明らかにしておいた方がいい」と述べている(10)。
 さらに、アメリカが主張してきた北朝鮮の米ドル札偽造問題が、アメリカの自作自演だった可能性が高いという欧米メディアの報道に対して、佐藤は「アメリカ政府として、『フランクフルター・アルゲマイネ・ツァイトゥング』の記事に正面から反論することはできない。なぜなら、証拠を突きつける形で反論するとアメリカの情報源と情報収集能力が明らかになり、北朝鮮を利してしまうからだ」(11)と、いかなる反証の根拠も示さずに(反証の必要性を封じた上で)、「北朝鮮の情報操作」と主張しているが、この主張は、保守派の原田武夫にすら否定されている(12)。佐藤は現在、右派メディアの中でも最も「右」に位置する論客の一人であると言えよう。

朝鮮総連への政治弾圧について 
佐藤は、「在日団体への法適用で拉致問題動く」として、「日本政府が朝鮮総連の経済活動に対し「現行法の厳格な適用」で圧力を加えたことに北朝鮮が逆ギレして悲鳴をあげたのだ。「敵の嫌がることを進んでやる」のはインテリジェンス工作の定石だ。/政府が「現行法の厳格な適用」により北朝鮮ビジネスで利益を得ている勢力を牽制することが拉致問題解決のための環境を整える」と述べている(13)。同趣旨の主張は、別のところでも述べている。(14)「国益」の論理の下、在日朝鮮人の「声」は考慮すらされてない。 漆間巌警察庁長官(当時)は、今年の一月一八日の会見で、「北朝鮮が困る事件の摘発が拉致問題を解決に近づける。そのような捜査に全力を挙げる」「北朝鮮に日本と交渉する気にさせるのが警察庁の仕事。そのためには北朝鮮の資金源について事件化し、実態を明らかにするのが有効だ」と発言しているが、佐藤の発言はこの論理と全く同じであり、昨年末から激化を強めている総連系の機関・民族学校などへの強制捜索に理論的根拠を提供したように思われる。佐藤自身も、「法の適正執行なんていうのはね、この概念ができるうえで私が貢献したという説があるんです。『別冊正論』や『SAPIO』あたりで、国策捜査はそういうことのために使うんだと書きましたからね。」と、その可能性を認めている(15)。

3.佐藤優による主張の使い分け

 排外主義者としての佐藤の主張は、挙げ出せばきりがない。前節で挙げたのも一例に過ぎない。では、佐藤は、こうした主張を『世界』『金曜日』でも行っているのだろうか。
 佐藤が仮に、「左」派の雑誌では「右」ととられる主張を、「右」派の雑誌では「左」ととられる主張をすることで、「硬直した左右の二項対立図式を打破」しているならば、私も佐藤をひとかどの人物と認めよう。だが、実際に行われていることは、「左」派メディアでは読者層の価値観に直接抵触しそうな部分をぼかした形で語り、「右」派メディアでは本音を語るという下らない処世術にすぎない。「左右の二項対立図式」の「打破」は、「左」の自壊によって成り立っているのだ。佐藤が『金曜日』と右派メディアで同一のテーマを扱った文章を読み比べれば、簡単にそのことはわかる。
 一例として、米国下院での「慰安婦」決議に関する佐藤の主張を読み比べてみよう。産経新聞グループのサイト上での連載である〈地球を斬る〉では、「慰安婦」問題をめぐるアメリカの報道を「滅茶苦茶」と非難し、「慰安婦」問題に関する二〇〇七年三月一日の安倍発言についても「狭義の強制性はなかった」という認識なのだから正当だとして、あたかも「慰安婦」決議案自体が不正確な事実に基づいたものであるかのような印象を与えようとしている(16)。ところが、『金曜日』では、こうした自分の主張は述べず、国権論者としての原則的な立場から日本政府の謝罪には反対だとしている(17)。なお、『金曜日』の同文章では「歴史認識を巡る外交問題は内政不干渉を基本とする「薄っぺらい論理」で展開することが、結果としてもっともよいのだという信念を筆者はもっている」と述べているが、同じ意味合いの文章が、〈地球を斬る〉では、「慰安婦決議に関して、アメリカ下院ごときに何を言われようとも、謝罪をする筋合いはない。中国や韓国から何を言われようとも、公約として掲げた靖国神社参拝を小泉純一郎前総理が取りやめなかったのと同じ論理構成をとればよい」(18)、「国家主権を盾に取り「歴史認識外交問題になじまない」という「薄っぺらい論理」をあえて強調して、入り口で議論を却下することだ」(19)としている。「信念」だったはずのものが、戦術の一つになっているのだ。佐藤による、「左派」雑誌での主張のぼかしの典型例といえる。
 また、『金曜日』の同文章では、「国家ではなく日本社会が「慰安婦」問題に正面から取り組むことなくして、日本が過去の過ちを克服することはできない」と締め括るが、「過去の過ち」という認識、その「克服」という視点は、〈地球を斬る〉の同記事にはどこにも見出せない。この一文に〈地球を斬る〉の該当文章で対応するのは、恐らく、「アジア女性基金への言及」であろうが、ここでは、「過去の過ちの克服」という観点からではなく、海外への広報手段として言及されており、アメリカ議会関係者にロビー活動をしなかったとして外務官僚を非難している(実際は、決議阻止のために外務省は執拗にロビー活動をしていた(20))。ここには、佐藤の、左派メディアでは主張をオブラートに包み、右派メディアでは本音を明け透けに語るという特徴が、端的に表れている。
 なお、佐藤が発起人の一人であり、その「勉強会」においてほぼ毎回佐藤がゲストとの対談を行なっている団体「フォーラム神保町」で世話人を務めるなど、佐藤と親しくしている森達也は、大塚英志との対談(21)において、六カ国協議での日本の姿勢が、東アジアの安全保障を拉致問題の下に置くものであり、だからこそ完全に蚊帳の外に置かれたと述べた後、「先日、いわゆる起訴休職外務事務官の佐藤優さんと電話で話した際に、六カ国協議どう思う?って聞いたら、みんなはあそこにチェス盤を持ってきているのに、日本だけが将棋盤を持ってきている……(中略)のが今回の六カ国協議だという言い方をしていて、実に言い得て妙だと思った」と、自分の指摘を補強する意見として佐藤との電話での会話を紹介している。だが、「2?」でも指摘したが、森が批判する「拉致問題の解決抜きにして日朝交渉はありえない」という原則こそ、佐藤が右派メディアのさまざまな媒体で繰り返し主張しているものである。ここでは、佐藤がジャーナリストらとの付き合いでも、「使い分け」をしているらしいことが窺われる。

4.佐藤優へ傾倒する護憲派ジャーナリズム

 ここで、護憲派ジャーナリズムの佐藤への傾倒ぶりを確認し、簡単に批判しておこう。
 特に、『金曜日』の佐藤への入れ込み方はすさまじい。佐藤は同誌に「佐藤優の飛耳長目」なる連載を月一回で持っているが、それだけではなく、『金曜日』編集部は、『AERA』二〇〇七年四月二三日号の記事「佐藤優という罠」についての佐藤からの「大鹿靖明『AERA』記者への公開質問状」を「論争」欄に掲載し(22)、また、「紙幅の関係で掲載できなかった部分」を同誌のホームページに掲載している。いつもは読者からの投書が掲載される「論争」欄に佐藤の文章が載ることからして、編集部の佐藤への入れ込み方が推し量れるが、「論争」欄では字数が足りないからとして、長い全文をホームページに掲載させてやるという便宜をはかったのは『金曜日』では前代未聞のことだろう。佐藤は、公開質問状の中で、上記の『AERA』記事内の小谷野の発言に反論した上で「稚拙なコメント」と決め付けたが、小谷野によれば(23)、『金曜日』編集部は、小谷野による佐藤への返答のウェブページへの掲載を拒否したとのことである。また、前述の「フォーラム神保町」の世話人には、『金曜日』の編集委員や編集部員が名を連ねている(24)。
 片山貴夫は自分のブログで、今年二月二八日、『金曜日』編集部に対し、前記の佐藤の記事「六者協議と山崎氏訪朝をどう評価するか」掲載に関する謝罪と記事取消しの要求を行なった際のやり取りを掲載している。興味深い内容なので、以下、引用する。
 「電話に出てきたのは伊田という人でした。「自分は佐藤優さんの記事は七割方読んでいるし直接あって話し合ったこともある」とのこと。佐藤にかなり同調している人物のようでした。/私の批判に対し、伊田氏は、「『問題を平和的に解決する算段を最後の最後まで考えることが日本の国益に貢献する』(注・前掲記事)と書いてあります。佐藤さんは平和的な解決を求めている人です」と、答えたのです。/これほど恐るべき欺瞞はありません。「それは佐藤優のエクスキューズにすぎません。戦争を仕掛ける側は必ず、「自国側は戦争をしたくて開戦したのではない。『問題を平和的に解決する算段を最後の最後まで考え』(注・前掲記事)たが、相手国側が不誠実な対応に終始したからやむなく開戦に至ったのだ」というのです。「最後には戦争もありうべし」という佐藤優の前提だと必ずそうなるのです」と、私が言うと、伊田氏は「それはあなたの深読みですね」と答えました。/「その深読みが大事なのです!」と、私は、何のために憲法九条があるのかもわかっていないこの編集部員に対し激怒しました(25)。」
 片山の「深読み」は正しい。佐藤自身が、「新帝国主義時代においても日本国家と日本人が生き残っていける状況を作ることだ。帝国主義の選択肢には戦争で問題を解決することも含まれる。これは良いとか悪いとかいう問題でなく、国際政治の構造が転換したことによるものだ」と述べている(26)。この男が「帝国主義者」であることに議論の余地はない。
 そもそも、佐藤は白井聡との対談(27)で、潮匡人の、「憲法を改正せずに、しかも一円の予算支出もせずに今すぐできる日本の防衛力増強のための三点セット」の提言、すなわち、内閣法制局集団的自衛権解釈変更(現行憲法下でも集団的自衛権を保持しており、行使可能であるとする)、周辺事態法の「周辺地域」に台湾海峡が含まれることの明言、「非核三原則」を緩和して朝鮮半島有事の際には「持ち込み可」とすることを紹介した上で、全面的に肯定し、「国家が自衛権をもつのは当然のことで、政府の判断で、潮さんが言うようにこれだけ抑止力を向上させることができるのですから、潜在力を十分に使っていない状況で憲法九条改正に踏み込む必要はないと私は考えています」と述べている。護憲派ジャーナリズムでは、佐藤は「「国体維持」という保守の立場からの護憲派」と紹介されるが、これで「護憲派」ならば日本の保守派にどれほど「護憲派」は多いことだろう。佐藤の(潮の)主張が、極端な解釈改憲論であることは言うまでもない。護憲派ジャーナリズムのやっていることは、完全な詐術ではないのか(28)。ちなみに、斎藤貴男は前述の『週刊読書人』での記事において、この対談のこの一節について、「日本の伝統・文化である国家は、だからこそ法制化すべきでなかったのだとか、国家には生き残り本能が備わっている以上、憲法九条の改正など必要ないといった発想に惹かれた」と書いている。まるで伝統的保守の立場から、改憲に反対しているとでもいうような紹介の仕方であるが、これも詐術としか言いようのない紹介ではないか。
 
5.なぜ護憲派ジャーナリズムは佐藤を重用するのか?

 冒頭の問いに戻ろう。なぜ、このような右翼の論客を、ジャーナリズム内の護憲派、リベラル・左派は重用するのか?
 はじめに強調しておかなければならないのは、リベラル・左派による佐藤優の重用を、「戦後民主主義からの逸脱」とのみ捉えていては、〈佐藤優現象〉は解けないだろう、ということである。確かに、「2」で指摘したような排外主義的主張が、「戦後民主主義からの逸脱」であることは明らかであるが、同時に佐藤の主張が、リベラルのある傾向を促進する形で展開しており、だからこそ、ジャーナリズム内の護憲派、リベラル・左派が佐藤に惹き付けられている、と私は考える。
 したがって、佐藤優の言説と「戦後民主主義」の言説の連続性、現在のリベラルの主張との親和性を検討することが、極めて重要であるが、紙幅と私の力量不足のため、ここでは体系的に論じられない。したがって、以下、覚書として、現在のリベラルの主張と佐藤の論理の共通性のうち、佐藤優がリベラルに人気を得た主な理由と思われるものとその問題性をいくつか指摘し、私自身による研究も含めて、今後の検討に俟ちたい。

ナショナリズム
 まず、佐藤がリベラル・左派に人気を得た要因として、ナショナリズム論が挙げられる。佐藤自身、デビュー作の『国家の罠』の執筆は、前述の馬場公彦から、「佐藤さんが体験したことは日本のナショナリズムについて考えるよい材料となるので、是非、本にまとめるべきだ」と激励されたことが契機となったことを記している(29)。
 佐藤は、グローバリゼーションの影響でナショナリズムが有効性を喪失するという言説を否定し、外交官としての旧ソ連勤務時代の体験から、世俗化した現代社会でも「神話化」が進行して「民族感情」が沸き起こるとしているが、これだけならば、冷戦崩壊以降、ジャーナリズムでさんざん繰り返された主張である。佐藤が新しいのは、中国の「反日運動」や日本の「右傾化」をも、その観点から包括的に「説明」したことにあると思われる。
 九〇年代の構築主義的な国民国家論は、「民族は幻想であり、想像の共同体」といったレベルの薄められた理解で、「論壇」やマスコミ関係者に広まり、もともと「戦後民主主義」に強くあった「民族主義」「ナショナリズム」への否定的認識を、さらに促進したように思われる。上野千鶴子は、金富子の「上野氏はナショナリストと決めつければ誰もが黙ると思っているらしい」との適切な批判に対して、「金氏はナショナリズムに対していったい肯定的なのだろうか、それとも否定的なのだろうか」と応答しているが(30)、この応答は、日本の「論壇」が、ナショナリズム否定論に制覇されていることを前提とした恫喝であろう。
 重要な点は、佐藤の「論壇」への本格的な登場に先立って、東アジア諸国の民衆からの歴史認識に関する対日批判の声をまともに受け止めず、過剰な「反日ナショナリズム」として否定し去りたいという衝動が、護憲派まで含めてジャーナリズム内に蔓延していたことである。 
 例えば、馬場は、二〇〇一年発表の論文中で、「東アジアの側も日本による侵略と植民地支配の記憶を、自国の排外的民族主義へと直結させる動きが見られる」と述べている(31)。二〇〇二年発表の論文でも、二〇〇一年度の扶桑社版中学用歴史教科書の検定合格に対する中国・韓国の日本政府への抗議について、「その告発は、これまで虐げられ支配されてきた弱いアジア諸国が、侵略国・植民者の強国日本に抵抗するという、冷戦期までの非対称的な図式ではない。現出しているのは、文化的価値観の均質性が顕著となるなかで、文化的にも経済的にも一体化が進み、より対称性が整いつつある両者の間で、過去の加害責任をめぐって、民間が主導し政府がそれに追随する形で対抗しあうといった思想風景である」と述べている(32)。なお、奇妙なことに、論文中には、これまでとは違うと断定をする根拠は何ら示されていない。
 中国の「反日ナショナリズム」について、佐藤は言う。「総理靖国神社参拝問題が日中間の「躓きの石」であるという見方が、本質的にずれていることが明らかになった。もし、靖国問題が日中間の本質的な「躓きの石」ならば、今年(注・二〇〇七年)も大問題になったはずである。それがなかったのは、靖国は「みせかけの問題」に過ぎなかったということだ。それでは問題の本質はどこにあるのか。それは中国で歴史上はじめて近代的なナショナリズムが、全国規模の大衆レベルで本格的に台頭していることだ。ナショナリズムは産業化と同時進行する。中国の内陸部が本格的に産業化、近代化している状況で中国ナショナリズムは今後も強化されていく。ナショナリズムにおいては「敵のイメージ」が重要だ。(中略)/中国人は日本人を「敵のイメージ」に選んでしまった。それだから、今後も小泉政権下の靖国問題のようなシンボルが出てくればいつでも反日ナショナリズムの火は中国で燃え広がる」(33)。
 そもそも安倍晋三は首相在任時は靖国参拝をしなかったのだから、佐藤の論理の前提自体が成立していないが(いつもながらのハッタリである)、対日批判を否定し去りたいという衝動を持ったリベラルにとって、佐藤の中国ナショナリズム論が極めて都合が良いことは明らかであろう。『世界』は、「反日運動」の特集号(二〇〇五年七月号「特集 反日運動―私たちは何に直面しているか」)において、巻頭論文として、中国ナショナリズムの批判で終始した論文(園田茂人「「ナショナリズム・ゲーム」から脱け出よ―中国・反日デモを見る視点」)を掲載している。この号には、「反日運動」が提起する過去清算の問題に向き合うべきという論文もいくつか掲載されており、編集部の動揺が見られるが、象徴的なことに、佐藤が『世界』で「民族の罠」の連載を始めたのはこの号からである。「反日運動」に直面したリベラル・左派の困惑抜きには、〈佐藤優現象〉は拡大しなかったように思われる(34)。
 なお、「戦後民主主義」に反植民地主義の認識がほとんど欠落していたことも、近年の「反日ナショナリズム」論の流行の背景にあると思われる。尖閣諸島竹島に対する中国・韓国の主張も、植民地主義の問題は捨象されて単なる「領土問題」に還元され、「領土ナショナリズム」による主張と表象されることになる。韓国での左派の過去清算への取組みも、右派の国家主義も同じ「反日ナショナリズム」で括られる。反植民地主義の実践も先進国の排外主義も、全て同じことになってしまう。
 また、九〇年代以降の歴史認識・戦後補償をめぐる対日批判において、問われていたのは日本国家の法的・政治的責任であり、主権者たる日本国民の法的・政治的責任であったにもかかわらず、日本のリベラル・左派の多くがその「応答」に失敗したことにもこの「反日ナショナリズム」言説の蔓延の背景にある。例えば馬場は、「国民国家の枠組の残存は、植民地支配と戦争の責務を問う被害者・被害国からの声にたいする応答責任への道を閉ざす要因ともなっている」と述べているが(35)、ここでは、加害国の「国民」として、被害者への政治的責任を果たそうという姿勢(例えば高橋哲哉(36))が、「国民国家の枠組の残存」として矮小化されている。また、岩波ジュニア新書の上村幸治『中国のいまがわかる本』(二〇〇六年三月)では、「日本の若い人に戦争責任はありません。若い人が曽祖父や、その上の世代の起こした戦争について謝罪する必要もありません。日本は政府がすでに中国に公式に謝罪したし、中国政府もそれを認めています」とした上で、中国からの対日批判を「私たちに課された重荷として受け止めないといけません」と説かれている。同書は、中国の「反日運動」を過剰な「反日ナショナリズム」として説明しようとする典型的な本だが、対日批判で問われている政治的な責任を無視して、中国人への反感を「この本の主な読者」の「中学生、高校生から大学の一、二年生あたり」に煽ろうという狙いが透けて見える(37)。
 上村は論外としても、馬場の言説は、「国民基金」の論理に直結している。「国民基金」の呼びかけ人の一人であった大沼保昭は、「韓国では「慰安婦」問題は日本への不信と猜疑という反日ナショナリズムの象徴と化し」、「「何度謝ってもまだ足りないと言われる」ことに苛立つ日本の一部のメディアは、元「慰安婦」を「売春婦」呼ばわりする感情的な議論を爆発させた」と、日本の右派による「慰安婦」バッシングまで「反日ナショナリズム」のせいにしている(38)。被害者への国家賠償を忌避する「国民基金」が、正当にも韓国の世論に拒絶された結果として、「国民基金」を支持する層が自己の立場の正当化を動機として「反日ナショナリズム」論に移行していったように思われる(39)。
 大沼が「反日ナショナリズム」論に行き着く過程は、リベラル・左派のうち、国民基金には否定的だとする人々の一部も共有しているように思われる。そのことを考える材料になるのが、上野千鶴子の以下の一文である。「高橋(注・哲哉)さんが「日本国という政治共同体の一員としての法的・政治的責任」(注・以下、「法的・政治的責任」)を果たそうとすることの内容は、参政権を行使したり運動体に参加したり、シンポジウムや声明に参加したりというように、わたしや他の人々の行為とそう違わないだろう」(傍線部は引用者)。傍線部については、?戦争犯罪等に関する国家補償や責任者処罰を日本政府に履行させること(高橋の言う、「法的・政治的責任」を果たすこととは、これであろう)のための手段として、それ自体は「法的・政治的責任」を果たすこととは無関係なものとして記述されている ?それ自体が「法的・政治的責任」を部分的にでも果たす価値を持つものとして記述されている の二通りの解釈ができる。だが、これは?、あるいは、仮に?のつもりで記述したとしても?の認識も持っていた、と解釈することが妥当であるように思われる。なぜならば、この一文の少し後に、花崎皋平と徐京植との論争に関しての、上野の以下の一文があるからである。「徐さんは、「共生の作法」を、日本人であるあなた(注・花崎)には説く資格がない、と語っているように見える。花崎さん自身がどんなプロセスでそこにいたり、「日本人としての責任」を果たすためのさまざまなアクションを起こし、「わかろう」としない他の日本人マジョリティを説得するための努力をしてきたかを不問にして(中略)その部分は無視されるのだ。」(40)上野は、花崎の「さまざまなアクション」、「努力」が、「法的・政治的責任」を部分的にでも果たしているにもかかわらず、徐はそれを「無視」している、と徐を批判している、と読める。上野は、傍線部が、「法的・政治的責任」を部分的にでも果たしているとの認識を持っていると解釈せざるを得ない。日本では、「参政権を行使したり運動体に参加したり、シンポジウムや声明に参加したり」といった形で、戦後補償の実現に向けて「さまざまなアクション」、「努力」がなされ、「法的・政治的責任」を果たす具体的な行動が展開されているにもかかわらず、韓国世論は、対日批判の調子を一向に弱めない。これは日本側の問題というより、韓国の「ナショナリズム」のせいではないのか―こうして、上野や、戦後補償関係の運動に携わっている一部の層が、国民基金の支持者と同じ回路で、「反日ナショナリズム」論に合流したように思われる。
 マスコミ関係者やこれらの人々の相互交流を通じて、こうした認識は強化されていっただろう。〈佐藤優現象〉は、こうして形成されたリベラル・左派における「反日ナショナリズム」論の蔓延という土壌で成育を遂げたと言える。

ポピュリズム
 佐藤がリベラル・左派で人気を得たもう一つの要因は、二〇〇五年の衆議院選挙での小泉自民党の圧勝を、マルクスボナパルティズム論を持ち出して説明したことにあろう。当時、「マスコミは、「小泉マジック」とか「小泉劇場」と称して、分析不能を告白していた」(41)が、護憲派ジャーナリズムが分析不能に陥った中、佐藤の提示した説明が、マスコミ関係者における柄谷行人の著作の普及と相まって、「説得力」を持ったのだと思われる。
 佐藤は、「自らを代表することのできない人々は、誰かによって代表してもらわなくてはならないのである。それが自らの利害に反する人物であっても、代表してもらうことになる」として、「現下日本国民の大多数」が、ナポレオン三世を支持した分割地農民と同様な投票行動を行った結果、小泉自民党が圧勝したと説明する(42)。メディアの煽動により「国民」がコントロールされ、自分たちの利害に反する新自由主義政党、小泉自民党に投票したという、ここ二年来、さんざん護憲派ジャーナリズムによって流された言説である。
 だが、「メディアの影響」といった外部要因を持ち出さなくても、小泉自民党の圧勝は比較的容易に説明できるのではないか。渡辺治は、「構造改革」に期待する大都市部ホワイトカラー上層を民主党から根こそぎ奪い返した結果であり、「メディア政治」の結果にするのは間違いであるとする(43)。私も、上記の点に関しては渡辺の分析に同意するが、渡辺の議論の弱点は、「若い人たち」と女性が大量に自民党に投票したことを説明しえていない点にあるように思われる。私は、佐藤と違い、若者と女性の多くが自民党に投票したのは、その時点において、合理的な投票行動だったと考える。彼・彼女らが自民党に投票したのは、無知でメディアの影響を受けやすいからではなく、彼・彼女らの企業社会や会社での位置が、周辺的な点にあると思われる。
 「郵政民営化が切り捨てる層」が象徴していたのは、「組合に守られた正社員、中高年ホワイトカラー」である。そして、日本の労働組合の大多数は、「連合」に代表されるように、「特権層」「利権集団」と表象されても仕方がない存在でしかなかった。そうした人々が切り捨てられるのは、多くの非正規雇用、中小企業の正社員の若者にとってはメリットがある。端的に言って、雇用機会が増えるからだ。若い世代が「上層」に上がる道が極めて狭いため、中高年正社員がリストラされて雇用機会が生まれる方が、労働組合を組織して賃金・所得を上げたりするよりも、はるかに現実的なのである。
 女性についても、その多くは、世代を問わず、パートや派遣労働、正社員でも低い地位など、企業社会で周辺的な地位にある。いまや専業主婦は少数派なのであって、「ワイドショーの影響」で女性が大量に小泉自民党に投票した、とする説明は馬鹿げている(愚かにも、「小泉の男性としての魅力」といった説明すらあった)。
 要するに、彼ら・彼女らにとっては、負担増はあっても、今よりも雇用機会の増える社会の方が、格差構造が固定化して「上層」への道が閉ざされている状況の中では、生活水準の向上への漠然とした予感からメリットがあると映ったのではないか。そして、その判断は別に間違っていないのであって、「メディアに踊らされた」わけでもない。
 マスコミ関係者がこうした構図に気づかず、「メディアの影響」論のウケが良いのは、浅野健一が再三指摘しているように、当のマスコミ関係者が労使協調型の御用組合に守られた、まさに「特権層」たる状況にあるからだと思われる。要するに、「メディアの影響」論とは、典型的な愚民観であって、こうしたマスコミ関係者のメンタリティに、佐藤による小泉自民党圧勝の説明は適合的であったと言える。
 また、「公共性の回復」を唱える山口二郎杉田敦といった、リベラルの凡庸な政治学者たちが佐藤を支持しているのも、同様な愚民観に根ざしていると思われる。

格差社会
 現在、「格差社会論」が隆盛であり、佐藤優も左右の雑誌で、格差社会反対の論陣を張っている。格差社会の問題がこれだけ焦点化されている現在、リベラル・左派に佐藤が持て囃されている一因として、格差社会反対への佐藤の貢献が挙げられよう。佐藤は言う。「新自由主義政策の嵐の中で、戦後日本が築いてきた安定した社会が崩れ、その結果、日本国家が弱体化し始めている。この傾向に歯止めをかけることだ」(44)。
 目下、「格差社会反対」は、リベラル・左派ではごく当たり前なことになっているが、私が呆れるのは、そこに、外国人労働者の問題、また、グローバリゼーションの下で先進国と第三世界の「格差」が拡大している問題が、ほとんど全く言及されない点である。リベラルからは、外国人労働者流入すると排外主義が強まるから流入は望ましくないという言説をよく聞かされるが、言うまでもなく、この論理は、排外主義と戦わない、戦う気のないリベラル自身の問題のすりかえである。こんな論理なら、まだ、はじめから外国人排除を主張する連中の方がすっきりしている。興味深いことに、小林よしのりも格差拡大に反対しているが、その理由は、格差拡大によって、「日本のエートス・魂」が失われ「国民の活力」が縮小し、「少子化が進み、やがて移民を受けいれざるを得なくな」るからとする(45)。すなわち、外国人労働者を排除した上での格差の解消という論理構成の点では、「左」も「右」も同一なのである。
 非常に単純化して言えば、外国人労働者の生活権の問題までカバーしうる格差社会論があるとすれば、最低限、労働法制がある程度規制緩和されることが前提となろう。そうでない限り、若年労働者と外国人労働者の競合は避けられまい。無論、そうした規制緩和には、大多数の「国民」は賛成しまいし、大衆統合の見地から見て、政策的にも採用されないだろう。若年者の労働組合運動は、現段階では既存の大組合の支持と援助なしではやっていけないから、「中高年の仕事を自分たちに」などとは言えない。かくして、外国人労働者は「格差社会論」から排除され、若年者の労働運動は、「既得権益」に入ることを要求するものとなる。
 「格差社会化」に反対しているから、佐藤や小林は一定評価すべきではないか、という声が聞こえてきそうだが、問題は実は逆ではないのか。現在の「格差社会論」自体が排外主義的な論理を孕んでいるからこそ、佐藤や小林のような排外主義者が、容易に格差社会反対の論陣を張れるのだ。

「硬直した左右の二項対立図式を打破」―〈左〉の忌避
 佐藤がリベラル・左派に好まれた要因として、乱暴に言えば、リベラル・左派が、「自分たちは「左翼」ではない」と自己主張したかった点をどうしても挙げねばなるまい。佐藤がリベラル・左派に好まれたのは、「左右図式を超えた」ことになっている佐藤を使うことが、「左」であることを自己否定し、改憲後の生き残りを図るリベラル・左派にとって、都合がよかったからに他ならない。この点は、後で詳しく述べる。佐藤自身も、「東西冷戦終結後、有効性を失っているにもかかわらず、なぜか日本の論壇では今もその残滓が強く残っている左翼、右翼という「バカの壁」」(46)という表現を用いており、〈左右図式〉を超えた「一流の思想家」として、柄谷行人魚住昭など、多くの人々が賞賛している。
 ここで指摘しておきたいのは、延々と聞かされ続けている「左右の二項対立は終わった」という認識のおかしさである。「左右の二項対立」は、再編はされた。だが、終わったどころではない。「終わった」などと言っているのは、日本の「論壇」だけではないのか。
 また、「左右の二項対立は終わった」なる言説は、往々にして、もはや実質的には「左」ではないリベラル・左派に、自分たちが「左」で「良心的」であるという地位を担保するという行為遂行的な役割を果たしている。こうした言説を主に主張するのは「保守」ではなく「リベラル」であるが(47)、この言説は、「リベラル」が「保守」とは一線を画することを暗黙の前提としているから、実際には、「お前は右だ」という批判を否定する機能しか持たない。この言説は、「左」と見なされるのを回避することと、「左」からの批判をあらかじめ封印することを同時に担えるからこそ、九〇年代このかた、日本の「リベラル」に愛用されてきたと思われる(48)。本論文が指摘するように、現在の「リベラル」が「保守」と同様に「国益」を軸として再編されつつあることへの批判や、〈佐藤優現象〉への「左」からの批判が鈍いのは、こうした構図にも一因があろう(49)。

6.「人民戦線」という罠

 冒頭の、〈佐藤優現象〉はなぜ起こっているか、また、それがどういう帰結をもたらすか、という問いに戻ろう。私は、〈佐藤優現象〉は、リベラル・左派に支配的な、ある認識と衝動に対して、佐藤が適合的であったために生じた現象であると考える。重要なポイントとして、二点指摘する。
ファシズム政権の樹立」に抗するために、人民戦線的な観点から佐藤を擁護する 
佐藤は呼びかける。「ファシズムの危険を阻止するためには、東西冷戦終結後、有効性を失っているにもかかわらず、なぜか日本の論壇では今もその残滓が強く残っている左翼、右翼という「バカの壁」を突破し、ファシズムという妖怪を解体、脱構築する必要がある」(50)と。魚住昭は、呼びかけに応じて、「いまの佐藤さんの言論活動の目的は、迫りくるファシズムを阻止するために新たなインターアクションを起こすことだ」と述べており(51)、斎藤貴男も、前掲の『週刊読書人』の記事で、「魚住の理解に明確な共感を覚えた」と述べている。
(a)論壇」での生き残りを図るために、佐藤を擁護する
 改憲の流れを止めることはできないから、改憲後に備えてこれまでのリベラル・左派の主張を改編して「現実的」な勢力となっておくために、すなわち
(b)リベラル・左派の「生き残り」のために、佐藤を擁護する
 この二点が、佐藤を擁護するリベラル・左派系のメディアや人間の中に、それぞれの政治的スタンスに応じて比率配分され、並存しているように思われる。
 私は、佐藤を使う理由として、(b)は首肯できるが、(a)はいただけない、と言っているのではない。(a)が破廉恥なのは見やすいが、より問題点が見えにくく、それゆえ徹底的に批判されるべきなのは、(b)だ。
 まず押えておく必要があるのは、日本において、佐藤らが言っているような「ファシズム体制」なるものは絶対に到来しないことだ。この二一世紀の「先進国」において、対外戦争を遂行する際、戦前型の「総動員体制」は、端的に不効率でしかなく、支配層にとって経済的にペイしない。治安や管理や統制は、要所要所さえできていれば支配層にとって問題ないのであって、一部の「監視社会論」は、ほとんど陰謀論に近いと言わざるをえない。そんなことは、イラク戦争を遂行したアメリカや、佐藤が称揚する最悪の侵略国家イスラエルを見れば自明ではないか。それらの国で、政治的自由や民主主義体制が維持されており、議会における論戦や市民運動が、現在の日本よりもはるかに活発であるのは周知の事実であろう。
 私は、戦前型のファシズムが再来するとでも言いたげな(いかにも一時代前の「左翼」的な)誤った情勢認識の下に、佐藤を一例とするような右翼とともに一種の人民戦線を築こうという志向が仮に社会的にも力を持ったならば、それこそが、日本社会のより一層の右傾化と、改憲の現実化をもたらすと考える(この点は後述する)。要するに、〈佐藤優現象〉の下で起こっていることは、「日本がファシズム国家の道に進むことを阻止するために、人民戦線的に、佐藤優のような保守派(私から見れば右翼)とも大同団結しよう」という大義のもと、実際には、「国益」を前提として価値評価をする、「普通の国」に適合的なリベラルへと、日本のジャーナリズム内の護憲派が再編されていくプロセスである。そうした存在が、憲法九条とは背反的であることは言うまでもない。このまま行けば、国民投票を待たずして、ジャーナリズム内の護憲派は解体してしまっていることだろう。これが、〈佐藤優現象〉の政治的本質だと私は考える。
 もっと言えば、佐藤優自体はどうでもいい。仮に佐藤優が没落して、「論壇」から消えたとしても、〈佐藤優現象〉の下で進行する改編を経た後のリベラルは、佐藤優的な右翼を構成要素として必要とするだろうからだ。


7.「国民戦線」としての「人民戦線」

 ここで、佐藤の提唱する「人民戦線」なるものが、いかなる性質のものであるかを検証しておこう。
 佐藤は、このところ、沖縄戦の集団自決に関する高校歴史教科書検定での書換えの件について、書換えを批判する立場から、積極的に発言している。『金曜日』の佐藤の記事を引用しよう。佐藤は、「歴史教科書検定問題を放置すると日本国内で歴史認識問題が生じ、日本国家、日本国民の一体性にヒビが入り、外国から干渉される口実にもなる」と、右翼が多く出席する会合で発言したところ、会場からは反発はまったくなく、ある右翼理論家も「これは日本国家統合の危機をもたらす深刻な問題だ。教科書の書き換えなどもってのほかだ。右側、保守としても真剣に対処しなくてはならない」と述べたとしている。笑うべきことに、佐藤はこの記事を「過去の日本国家の過ちを率直に認める勇気が今必要とされている」と結んでいる(52)。
 佐藤が、日本国家の弱体化の阻止の観点から格差社会化に反対していることは、「5」で述べた。また、前述の「フォーラム神保町」の「世話人」には、『金曜日』関係者だけではなく、部落解放同盟の関係組織である解放出版社の編集者が名を連ねている。また、佐藤が北海道で活動する新党大地の有力な応援団の一人であることも、よく知られていよう。
 私が興味深く思うのは、佐藤の論理においては、「日本国家、日本国民の一体性」を守る観点からの、それらの人々―経済的弱者、地方住民、沖縄県民、被差別部落出身者―の国家への包摂が志向されている点である。「国益」の観点からの、「社会問題」の再編が行われている。この論理は、改憲後、リベラル・左派において支配的になる可能性が高いと思われる。
 この包摂には、基本的に、在日朝鮮人は含まれない。ここがポイントである。ただし、「反日」ではない、日本国籍取得論を積極的に主張するような在日朝鮮人は入れてもらえるだろう(53)。佐藤が言う「人民戦線」とは、「国民戦線」である。
 「国民戦線」が包摂する対象には、ネット右翼ら右派層も含まれよう。リベラル・左派の大多数は、インターネット上での在日朝鮮人への差別・殺人教唆・デマ書き込みは放置し、人種差別規制を目的とした人権擁護法案に関しても、「言論・表現の自由の侵害」として法案成立に全面的に反対した。メディア規制を外した対案を成立させようとする意志もなかった。
 私には、誰の目にも明らかなネット上をはじめとした在日朝鮮人への差別・殺人教唆・デマ書き込みや〈嫌韓流〉に対し、「人権」を尊重するはずのリベラル・左派が沈黙していること、それどころか差別規制の可能性すら「言論・表現の自由の侵害」として潰すことについて(それにしても、この連中は、人種差別禁止が法制化されているフランスやドイツ等の諸国には「言論・表現の自由」がないとでも言うのだろうか)、かねてから不思議だったのだが、〈佐藤優現象〉の流れから考えると理解できるようになった。すなわち、「日本国民の一体性」を守るために、ネット右翼のガス抜きとして、在日朝鮮人への差別書き込み等は必要悪だ、ということなのだろう。「国民戦線」には、在日朝鮮人は含まれず、恐らくは社会的弱者たるネット右翼は含まれるのだから(54)。無論、ネット右翼の増加、過激化が、「国益」の観点から見てマイナス、という論理も成り立ちうるが、「国益」の論理に立てば、両者は比較の問題でしかないのだから、差別書き込み等が必ずしも規制されることにはならない。
 かくして、「国益」を中心として「社会問題」が再編された上での「国民戦線」においては、経済的弱者や地方経済の衰退、日本国民として統合されているマイノリティに対する差別禁止の声は高まるだろうが、在日朝鮮人の人権は考慮されず、〈嫌韓流〉による在日朝鮮人攻撃も黙認されるだろう。すでにその体制は完成の域に近づきつつある(55)。


 
8.改憲問題と〈佐藤優現象〉

 〈佐藤優現象〉に示される問題を、喫緊の問題である改憲問題にひきつけて考えてみよう。
 現在のジャーナリズム内の護憲派の戦略は、大雑把に言えば次のようなものだ。北朝鮮問題には触れないか、佐藤優のような対北朝鮮戦争肯定派を組み込むことによって、「護憲」のウィングを右に伸ばし、「従来の護憲派」だけではない、より幅の広い「国民」層を取り込む。また、アジア太平洋戦争については、「加害」の点を強調する(それは「反日」になるから)のはやめて、「被害」の側面を強調し、改憲することによって再び戦争被害を被りかねないことに注意を促す。
この戦略は馬鹿げている。対北朝鮮戦争は人道上、言語道断だと言うだけではない。国民投票の票計算として馬鹿げているのだ。
 そもそも、改憲か護憲(反改憲)か、という問いは、以下の問いに置き直した方がよい。日本国家による、北朝鮮への武力行使を認めるかどうか、という問いだ。
 簡単な話である。仮に日本が北朝鮮と戦争した際、敗戦国となることはありえない。現代の戦争は、湾岸戦争にせよイラク戦争にせよ、アメリカ単独もしくはアメリカを中心とした多国籍軍対小国という、ゾウがアリを踏むような戦争になるのであって、ゾウの側の戦争当事国本国が敗北することは、一〇〇%ありえないからである。大衆は、マスコミの人間ほど馬鹿ではないのだから、そのことは直感的に分かっている。したがって、対北朝鮮攻撃論が「国民的」世論となってしまえば、護憲側に勝ち目は万に一つもない。
 護憲派が、あくまでも仮に、「護憲派ポピュリズム化」や、右へのウィング(これで護憲派が増えるとは全く思えないのだが、あくまでも仮定上)で「護憲派」を増やしたとしても(たとえ、一時的に「改憲反対」が八割くらいになったとしても)、対北朝鮮攻撃論が「国民的」世論ならば、そんな形で増やした層をはじめとした護憲派の多くの人々は「北朝鮮有事」と共に瞬時に改憲に吹っ飛ぶ。自分らに被害が及ぶ可能性が皆無なのだから、誰が見ても解釈上無理のある「護憲」より、「改憲」を選ぶのは当たり前である。
 佐藤のような「リアリスト」を護憲派に組み込む(組み込んだつもりになる)ことで、護憲派は、「現実的」になって改憲に対抗しうると妄想していると思われるが、それこそ非現実的な妄想の最たるものだ。口先だけ護憲の旗頭を掲げている人間と無原則的に組んで、ジャーナリズム内の「護憲派」を増やしたところで、大衆には無関係である。現在の、〈佐藤優現象〉に見られる無原則さ、「右」へのシフトは、対北朝鮮攻撃の容認に向けた世論形成を促進し、大衆への「護憲派」の説得力を失わせることに帰結するだろう。

9.「平和基本法」から〈佐藤優現象〉へ

 〈佐藤優現象〉を支えている護憲派の中心は、雑誌としては『世界』であり、学者では山口二郎と和田春樹である。この顔ぶれを見て、既視感を覚える人はいないだろうか。すなわち、「平和基本法」である。これは、山口や和田らが執筆し、共同提言として、『世界』一九九三年四月号に発表された。その後、二度の補足を経ている(56)。
 私は、〈佐藤優現象〉はこの「平和基本法」からの流れの中で位置づけるべきだと考える。
 同提言は、?「創憲論」の立場、?自衛隊の合憲化(57)、?日本の経済的地位に見合った国際貢献の必要性、?国連軍や国連の警察活動への日本軍の参加(58)、?「国際テロリストや武装難民」を「対処すべき脅威」として設定、?日米安保の「脱軍事化」、といった特徴を持つが、これが、民主党の「憲法提言」(二〇〇五年一〇月発表)における安全保障論と論理を同じくしていることは明白だろう。実際に、山口二郎は、二〇〇四年五月時点で、新聞記者の「いま改憲は必要なのか」との問いに対して、「十年ほど前から、護憲の立場からの改憲案を出すべきだと主張してきた。しかし、いまは小泉首相のもとで論理不在の憲法論議が横行している。具体的な憲法改正をやるべき時期ではないと思う」と答えている(59)。「創憲論」とは、やはり、改憲論だったのである。
 同提言の二〇〇五年版では、「憲法九条の維持」が唱えられているが、これは、政権が「小泉首相のもと」にあるからだ、と解釈した方がいいだろう。「平和基本法」は、戦争をできる国、「普通の国」づくりのための改憲論である。同提言は軍縮を謳っているが、一九九三年版では、軍縮は「周辺諸国軍縮過程と連動させつつ」行われるとされているのだから、北朝鮮や中国の軍事的脅威が強調される状況では、実現する見込みはないだろう(60)。また、「かつて侵略したアジアとの本当の和解」、二〇〇五年版では、周辺諸国への謝罪と過去清算への誠実な取組みの必要性が強調されているが、リベラルは過去清算は終わったと認識しているのであるから、これも実効性があるとは思えない。要するに、同提言には、論理内在的にみて、軍事大国化への本質的な歯止めがないのである。
 佐藤が語る、愛国心の必要性(61)、国家による市民監視(62)、諜報機関の設置等は、「普通の国」にとっては不可欠なものである。佐藤の饒舌から、私たちは、「平和基本法」の論理がどこまで行き着くかを学ぶことができる。
 馬場は、小泉純一郎首相(当時)の靖国参拝について、「今後PKOなどの国際的軍事・平和維持活動において殉死・殉職した日本人の慰霊をどう処理し追悼するか、といった冷戦後の平和に対する構想を踏まえた追悼のビジョンもそこからは得られない」と述べている(63)。逆に言えば、馬場は、今後生じる戦死者の「慰霊」追悼施設が必要だ、と言っているわけである。「普通の国」においては、靖国神社でないならば、そうした施設はもちろん、不可欠だろう。私は、〈佐藤優現象〉を通じて、このままではジャーナリズム内の護憲派は、国民投票を待たずして解体してしまう、と前に述べた。だが、むしろ、すでに解体は終わっているのであって、「〈佐藤優現象〉を通じて、残骸すら消えてしまう」と言うべきだったのかもしれない。
 ここで、テロ特措法延長問題に触れておこう(64)。国連本部政務官の川端清隆は、小沢一郎民主党代表の、テロ特措法延長反対の発言について、「対米協調」一辺倒の日本外交を批判しつつ、「もし本当に対テロ戦争への参加を拒絶した場合、日本には国連活動への支援も含めて、不参加を補うだけの実績がない」、「ドイツが独自のイラク政策を採ることができたのは、アフガニスタンをはじめ、世界の各地で展開している国連PKOや多国籍軍に参加して、国際社会を納得させるだけの十分な実績を積んでいたからである。翻って日本の場合、多国籍軍は言うに及ばず、PKO参加もきわめて貧弱で、とても米国や国際社会の理解を得られるものとはいえない」と述べている(65)。
 元国連職員の吉田康彦は「国連憲章の履行という点ではハンディキャップなしの「普通の国」になるべきだと確信している。(中略)安保理決議による集団安全保障としての武力行使には無条件で参加できるよう憲法の条文を明確化するのが望ましい」と述べている(66)。川端と吉田の主張をまとめれば、「対米協調一辺倒を避けるため、国連PKOや多国籍軍の軍事活動に積極的に参加して「国際貢献」を行わなければならない。そのためには改憲しなければならない」ということになろう。民主党路線と言ってもよい。今の護憲派ジャーナリズムに、この論理に反論できる可能性はない。「8」で指摘したように、対北朝鮮武力行使を容認してしまえば、改憲した方が整合性があるのと同じである。
 なお、佐藤は、『世界』二〇〇七年五月号に掲載された論文「山川均の平和憲法擁護戦略」において、「現実の国際政治の中で、山川はソ連の侵略性を警戒するのであるから、統整的理念としては非武装中立を唱えるが、現実には西側の一員の日本を前提として、外交戦略を組み立てるのである。」「山川には統整的理念という、人間の努力によっては到底達成できない夢と、同時にいまこの場所にある社会生活を改善していくという面が並存している」と述べている。私は発刊当初この論文を一読して、「また佐藤が柄谷行人への点数稼ぎをやっている」として読み捨ててしまっていたが、この「9」で指摘した文脈で読むと意味合いが変わってくる。佐藤は、「平和憲法擁護」という建前と、本音が分裂している護憲派ジャーナリズムに対して、「君はそのままでいいんだよ」と優しく囁いてくれているのだ。護憲派ジャーナリズムにとって、これほど〈癒し〉を与えてくれる恋人もいるまい(67)。

10.おわりに

 これまでの〈佐藤優現象〉の検討から、このままでは護憲派ジャーナリズムは、自民党主導の改憲案には一〇〇%対抗できないこと、民主党主導の改憲案には一二〇%対抗できないことが分かった。また、いずれの改憲案になるにしても、成立した「普通の国」においては、「7」で指摘したように、人種差別規制すらないまま国益」を中心として「社会問題」が再編されることも分かった。佐藤は沖縄でのシンポジウムで、「北朝鮮アルカイダの脅威」と戦いながら、理想を達成しようとする「現実的平和主義」を聴衆に勧めている(68)が、いずれの改憲案が実現するとしても、佐藤が想定する形の、侵略と植民地支配の反省も不十分な、国益」を軸とした〈侵略ができる国〉が生まれることは間違いあるまい。「自分は国家主義者じゃないから、「国益」論なんかにとりこまれるはずがない」などとは言えない。先進国の「国民」として、高い生活水準や「安全」を享受することを当然とする感覚、それこそが「国益」論を支えている。その感覚は、そうした生存の状況を安定的に保障する国家―先進国主導の戦争に積極的に参加し、南北間格差の固定化を推進する国家―を必要とするからだ。その感覚は、経済的水準が劣る国の人々への人種主義、「先進国」としての自国を美化する歴史修正主義の温床である。
 大雑把にまとめると、〈佐藤優現象〉とは、九〇年代以降、保守派の大国化路線に対抗して、日本の経済的地位に見合った政治大国化を志向する人々の主導の下、謝罪と補償は必要とした路線が、アジア諸国の民衆の抗議を契機として一頓挫したことや新自由主義の進行による社会統合の破綻といった状況に規定された、リベラル・左派の危機意識から生じている。九〇年代のアジア諸国の民衆からの謝罪と補償を求める声に対して、他国の「利益のためではなく、日本の私たちが、進んで過ちを正しみずからに正義を回復する、即ち日本の利益のために」(69)(傍点ママ)歴史の清算を行おうとする姿勢は、リベラル内にも確かにあり、そしてその「日本の利益」とは、政治大国を前提とした「国益」ではなく、侵略戦争や植民地支配を可能にした社会のあり方を克服した上でつくられる、今とは別の「日本」を想定したものであったろう。私たちが目撃している〈佐藤優現象〉は、改憲後の国家体制に適合的な形で生き残ろうと浮き足立つリベラル・左派が、「人民戦線」の名の下、微かに残っているそうした道を志向する痕跡を消失もしくは変質させて清算する過程、いわば蛹の段階である。改憲後、蛹は蛾となる。
 ただし、私は〈佐藤優現象〉を、リベラル・左派が意図的に計画したものと捉えているわけではない。むしろ、無自覚的、野合的に成立したものだと考えている。藤田省三は、翼賛体制を「集団転向の寄り合い」とし、戦略戦術的な全体統合ではなく、諸勢力のからみあい、もつれあいがそのまま大政翼賛会に発展したからこそ、デマゴギーそれ自体ではなく、近衛文麿のようなあらゆる政治的立場から期待されている人物が統合の象徴となったとし、「主体が不在であるところでは、時の状況に丁度ふさわしい人物が実態のまま象徴として働く」、「翼賛会成立史は、この象徴と人物の未分性という日本政治の特質をそれこそ象徴的に示している」と述べている(70)が、〈佐藤優現象〉という名の集団転向現象においては、近衛のかわりに佐藤が「象徴」としての機能を果たしている。この「象徴」の下で、惰性や商売で「護憲」を唱えているメディア、そのメディアに追従して原稿を書かせてもらおうとするジャーナリストや発言力を確保しようとする学者、無様謀な醜態を晒す本質的には落ち目の思想家やその取り巻き、「何かいいことはないか」として寄ってくる政治家や精神科医ら無内容な連中、運動に行き詰った市民運動家、マイノリティ集団などが、お互いに頷きあいながら、「たがいにからみあい、もつれあって」、集団転向は進行している。
 ところで、佐藤は、「仮に日本国家と国民が正しくない道を歩んでいると筆者に見えるような事態が生じることがあっても、筆者は自分ひとりだけが「正しい」道を歩むという選択はしたくない。日本国家、同胞の日本人とともに同じ「正しくない」道を歩む中で、自分が「正しい」と考える事柄の実現を図りたい」と述べている(71)。佐藤は、リベラル・左派に対して、戦争に反対の立場であっても、戦争が起こってしまったからには、自国の国防、「国益」を前提にして行動せよと要求しているのだ。佐藤を賞賛するような人間は、いざ開戦となれば、反戦運動を行う人間を異端者扱いするのが目に見えている。
 この佐藤の発言は、安倍晋三前首相の目指していた「美しい国」づくりのための見解とも一致する。私見によれば、安倍の『美しい国へ』(新潮新書、二〇〇六年七月)全二三二頁の本のキモは、イランでのアメリカ大使館人質事件(一九七九年)をめぐる以下の一節である。「(注・反カーター陣営の)演説会で、意外に思ったことがある。人質事件に触れると、どの候補者もかならず、「私は大統領とともにある」(I am behind the President.)というのだ。ほかのことではカーターをこきおろす候補者が、そこだけは口をそろえる。/もちろん、人質にされている大使館員たちの家族に配慮するという意図からだろうが、アメリカは一丸となって事件に対処しているのだ、という明確なメッセージを内外に発しようとするのである。国益がからむと、圧倒的な求心力がはたらくアメリカ。これこそがアメリカの強さなのだ。」(八七〜八八頁)
 文中の、「人質事件」を拉致問題に、「大統領」を安倍に、「アメリカ」を日本に置き換えてみよ。含意は明白であろう。安倍は辞任したとはいえ、総連弾圧をめぐる日本の言論状況や、〈佐藤優現象〉は、安倍の狙いが実現したことを物語っている。安倍政権は倒れる前、日朝国交正常化に向けて動きかけた(正確には米朝協議の進展で動かされたと言うべきだが)が、こうなるのは少なくとも今年春からは明らかだったにもかかわらず、リベラル・左派の大多数は、「日朝国交正常化」を公然と言い出せなかった。安倍政権が北朝鮮外交に敗北したのは明らかである。だが、日本のリベラル・左派は安倍政権ごときに敗北したのである。
 〈佐藤優現象〉は、改憲後に成立する「普通の国」としての〈侵略ができる国〉に対して、リベラル・左派の大部分が違和感を持っていないことの表れである。侵略と植民地支配の過去清算在日朝鮮人の人権の擁護も、そこには含まれる)の不十分なままに成立する「普通の国」は、普通の「普通の国」よりはるかに抑圧的・差別的・侵略的にならざるを得ない。佐藤優現象〉のもとで、対北朝鮮武力行使の言説や、在日朝鮮人弾圧の言説を容認することは、戦争国家体制に対する抵抗感を無くすことに帰結する。改憲に反対する立場の者がたたかうべきポイントは、改憲か護憲(反改憲)かではない。対北朝鮮武力行使を容認するか、「対テロ戦争」という枠組み(72)を容認するかどうかである。容認してしまえば、護憲(反改憲)派に勝ち目はない。過去清算も不十分なまま、札束ではたいて第三世界の諸国の票を米国のためにとりまとめ、国連の民主的改革にも一貫して反対してきた日本が、改憲し、常任理事国化・軍事大国化して、(国連主導ではあれ)米軍中心の武力行使を容易にすることは、東アジア、世界の平和にとって大きな災厄である(73)。
 改憲と戦争国家体制を拒否したい人間は、明確に、対北朝鮮武力行使の是非、対テロ戦争の是非という争点を設定して絶対的に反対し、〈佐藤優現象〉及び同質の現象を煽るメディア・知識人等を徹底的に批判すべきである。