日本 起源の古代からよむ

   

日本・起源の古代からよむ

日本・起源の古代からよむ

  
この先生は42年うまれだから今年66歳だ。
いまは大東文化大学で非常勤のようなことをしているらしい。
ありがたいことに、HPも主催されている。
http://homepage3.nifty.com/offi-kd/index.html

先生は60年安保世代で、思想的には戦後民主主義マンセー自虐史観のむしろサヨクと言っていい。
しかし、その先生にしてサヨクの公式見解に見切りを付けて、日本論を書かれたのが素晴らしい。
もれは岡田英弘先生で足りない部分を「ヤマト少数民族論」で補った。
記紀神話伝承の整合性は相見先生、国際関係は○○先生から。
これで、漏れの奇跡的に近代に生き残った少数民族としての日本論が完成した。
そしてその観点から漏れは皇室を支持する。
だって生きている世界遺産なんだもの。こんなの日本のほかにない。
   

藤原正彦国家の品格』(新潮新書)が200万部以上売れたそうですが、その読者の100人に1人くらいは、さらに根源から日本論を考えようとする意識を持っているはずですので、それが私の『古事記の起源』の現在までの売れ行きに反映されているようです。その『古事記の起源』の購読者のさらに10人に1人くらいが今回の『日本・起源の古代からよむ』に関心を持ってくれれば上出来でしょう。日本論を、根源から考えようとする人の数は、そのくらいで限界でしょう。

国家の品格』は漏れも読んだ。つうか、『流れる星は生きている』と併読だったけど。ψ( `∇´ )ψ
で、もちろんそんな厳密な議論に耐える本ではなかった。しかし反対派が腐すほど悪い本ではなかったと思う。
合理とか民主主義とか、それ自体は価値ではない。価値に従属する手段だという点を指摘したのは良かった。だって戦後民主主義って、幻想の民主制に対するフェティシズムだったからね。普通はそういう物神崇拝は現実の前に破綻するんだけど、日本は戦後アメリカの保育器のなかで育てられたから戯言を言っていられただけというのは今や公然のヒミツだからね。
で、工藤先生は控えめに『古事記の起源』2万部、『日本・起源の古代からよむ』2000部売れれば上等と書かれているけど、漏れはその一人です。(^^)/

江田五月氏は、参議院議長である以上、日本共産党員のように「新年祝賀の儀」を欠席することはできないだけでなく、「祝賀のご挨拶」の言葉まで語らなければなりませんでした。この時に彼の心の中に生じたであろう矛盾の感覚こそが、現代日本の現実の端的な反映なのです。江田氏は、旧左翼的な論理や民主主義という西欧的近代化の論理と、天皇制という縄文・弥生の原型生存型文化の神話・呪術的論理のあいだで引き裂かれたはずです。このように、神話・呪術的な反リアリズム部分と西欧近代的なリアリズム部分という、相反するものの同時存在を常態とする社会構造を凝視するところから日本論を再構築しようと、私は提案しているわけです。(2008年1月20日)
URL:http://homepage3.nifty.com/offi-kd/sub01-2.html

そう、近代のフェティシズムを信仰の代用品とした人は、最終的に土台の空虚に直面せざるを得ないんだよね。その意味ではハッキリ信仰に基盤を置いて日本・皇室批判するほうが正直だ。だけど、宗教による宗教批判は決着はつかない。だから革新派は敗北が運命付けられている。結局、ソ連教・アメリカ教(似非キリスト教)に日本人庶民が否を言ったということが革新の敗北の原因なんだと思う。